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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Hellhounds

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 ステアリングに手を置いたとき、あちこちに小さな引っ掛かりがあることに気づいて、武内は目を凝らせた。一部が不自然にくぼんでいて、周辺が光っているように見える。それが銃弾に削られた跡で、その周りに光っているのが骨と歯の破片であることに気づいた武内は、運転席から転げ落ちてその場に吐いた。
 吉松は何とか体を起こして、固定電話の短縮ダイヤルを歯で押した。受話器を何とか外すと、電話口に出た男に言った。
「逃がし屋が居座って、面倒なことになってる。レガシィがらみだ」
 短い通話が終わったあと、吉松は受話器を戻す気力もなく、その場に寝転がった。武内は事務所に戻るなり、言った。
「あんた、誰に電話した?」
 吉松は、それには答えずに笑い出した。蜂須がむくりと起きて、目をこすった。
「なんだ、何が起きてんだ?」
「こいつ、電話を勝手に」
 武内が言うと、蜂須はその体を押しのけて、吉松の油ぎった作業服を掴んだ。
「てめえ、誰に電話した?」
「馬鹿だなお前ら……。誰が来るかは、蓋を開けてのお楽しみだ」
 吉松は笑いながら思った。自ら処理場に飛び込んだ『標的』は、お前らが初めてだ。その空気を打ち負かすように、蜂須が言った。
「上等だよ、この野郎」
 武内はその言葉を聞いて、逃げるタイミングを完全に失ったことを悟った。


 駒井は、ハイエースの中で何度も時間を確認していたが、その間隔はだんだん短くなり、さっきまで五分おきだったのが、今は一分おきになっていた。武内が指定した路地はカメラも人通りもなく、一本隣を走る道路の賑やかさとは、対照的だった。空き家を改装して作られたカフェは、その路地の先にあった。そういう場所を選んだり、言葉巧みに騙したりするのは、武内の役目であり、得意技だ。駒井ができることといえば、ハイエースをぶつけずに路地から出すことぐらい。女性と付き合ったこともなければ、ろくに話したことすらない。
 車載時計が十五時五三分になったとき、サイドミラーに人影が映り、駒井は息を殺した。スマートフォンを見つめながら歩く女。駒井は、絵文字を送った。すぐに既読状態になり、女は足を止めた。すぐに同じ絵文字が返ってきて、駒井は心臓が一瞬動くのを止めたように感じた。覚悟を決めて運転席から降りると、言った。
「堂島さんですか?」
 堂島は、目の前に現れた大男に気づいて、足を止めた。スマートフォンから目を離し、その顔を見上げた。駒井は、色素の薄い大きな目にじっと見つめられて、半歩後ずさった。唾を飲み込み、言った。
「さ、財布を返して欲しいんですが」
 たいていは、話しかけても無視される。女性というのはそういうものだと、駒井は思っていた。しかし、その予測に反して、堂島は口を開いた。
「……そのつもりですが」
 そう言ってから、突然自分を取り巻く環境に気づいたように、堂島は首をかしげた。
「あの、誰ですか?」
「代理人ですね……、まあ」
 堂島の目は、一瞬も駒井から逸れることがなかった。その瞳孔が大きく開き、駒井は思わずその様子に見とれた。雑誌の表紙に載るモデルは、読者を紙越しに射抜くように、そのはっきりと強調された目を真っ直ぐに向ける。堂島の目は、駒井の記憶に残っている雑誌の目そのものだった。堂島はスマートフォンを操作すると、耳に当てた。駒井は現実に引き戻されて、呟くように言った。
「誰にかけてんの?」
 堂島は人差し指に派手な指輪がはまった右手で、駒井を遮った。駒井はもう一度、同じ事を訊いた。堂島は少し迷惑そうな表情で言った。
「警察」
 駒井は反射的に堂島の手からスマートフォンを奪い取り、一歩後ずさった堂島の体からバッグをひきはがそうとした。バッグはするりと抜け、駒井が通話を切って立ち去ろうとすると、細い腕がスマートフォンに向けて伸びた。
「返して!」
 それがバッグではなく、隙間なくデコレーションされたスマートフォンのことだと気づいた駒井は、自分の頭の位置より高く掲げた。
「警察に電話しないならな!」
 堂島は飛び上がって奪い取ろうとしながら、叫ぶように言った。
「返してってば!」
 駒井はスライドドアを開けて、バッグを中に投げ込んだ。スマートフォンを助手席に放ると、堂島はそれを取ろうとして車内に頭を突っ込んだ。駒井はその細い体を抱え上げると、軽々と持ち上げて車外に引っ張り出した。堂島は呼吸を止めたように一瞬静かになったが、その腕からどうにかして逃れようとしてもがいた。バランスを崩して手から滑り落ちそうになったときに、駒井は怒鳴るように言った。
「暴れるなって! 頭から落ちたらどうすんだ!」
 堂島はハイエースのドアに足をかけて抵抗していたが、突然静かになった。駒井はその隙をついて堂島を素早く下ろし、運転席に乗り込んだ。ギアをドライブに入れてアクセルを踏み込んだとき、再び後部座席に乗り込んできた堂島が助手席に手を伸ばし、駒井は思わず急ブレーキを踏んだ。勢いで前に飛び出したスライドドアが、フレームにかかっていた堂島の右手を叩き潰すように閉まり、堂島は悲鳴を上げた。駒井はミラー越しに言った。
「ごめん、マジでごめん!」
 堂島が無事な左手でスライドドアを押し戻して右手を抜き、庇うように押さえたとき、スライドドアは自分の意思を持っているように、今度は完全に閉まった。堂島は助手席を無事な方の左手で指差した。
「返して」
「警察に電話すんだろ?」
「するよ。馬鹿じゃないの」
「じゃあ返さない。そもそも、人の財布から二十万下ろしたやつが、何言ってんだ」
 駒井が言うと、堂島は右手を押さえながら俯いた。
「ムカつく……」
 堂島の携帯電話は、そのやり取りの間もひっきりなしに鳴っていた。駒井はハイエースを路地から出して、当てもなく走らせながら、言った。
「あんた、友達多いんだな」
 画面を覗き込もうとすると、堂島は首を横に強く振った。ミラー越しに駒井と目が合うと、言った。
「ぜったい見ないで。見たら……」
「何だよ?」
 駒井は馬鹿にするように言ってから、この剣幕なら堂島は携帯電話一つで人を殺しかねないと、本心から思った。しばらく走らせたあと、繁華街から少し離れた国道までたどり着いて、ハイエースを路肩に寄せた駒井は言った。
「よし、バス停がある。降りろ」
 堂島は左手を差し出した。駒井が黙っていると、苛ついた表情で言った。
「返してよ」
「ただの携帯に、何こだわってんだ。バックアップとってねえのか?」
「お願いします、返してください」
 堂島は急に丁寧な言葉遣いになると、ミラー越しに駒井の顔をじっと見つめた。駒井は言った。
「バッグが欲しいわけじゃない。その、他人の財布が要るんだ。返すって、約束したろ?」
「あなたに返すって約束はしてないから」
「それは分かってるよ。さっきも言ったけど、おれは代理人なんだ」
 立て続けに、堂島のスマートフォンの画面に二件通知が表示され、駒井が思わず手に取ると、堂島は叫んだ。
「やめて!」
 駒井は、画面に映っているのが新着メールではなく、スケジュール通知であることに気づいた。思わず言葉が口をついて飛び出した。
「母親に○○は元気かと連絡、父親に○○時に帰ると連絡って……、これ、何なんだ?」
作品名:Hellhounds 作家名:オオサカタロウ