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短編集18(過去作品)

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 時間に対してそれほど何も感じない私は、きっと後で考えれば自信過剰な時期があっという間に過ぎてしまったと感じているに違いない。それだけに、自信過剰になっている時はあれこれ考えることをせずに、時間に対しても身を任せるようにしている。それは無意識ではあるが、心の中で意識の中にあるに違いない。
 金太郎飴を見た時に、時間について考えてしまう。時間について考えている時に、金太郎飴を思い浮かべる。まるで条件反射のようだが、物忘れが激しい中にあってそれだけは自分の意識として存在するのだ。
 こうやって考えている間にも、私は違う自分を作っていくのだ。一分前の自分は今の自分ではない。お互いに意識することなく正確に刻まれる時間であるが、まったく同じ自分であるということはありえない。まわりの景色に何の変化がなかろうと、すでに違う自分になっているのだ。
 ついつい自分中心に考えてしまうことがある。
――本当に存在しているのは今ここでこうして考えている自分だけではないだろうか――
 という考えが頭を擡げる。
 まるで銀幕の中の世界、自分が監督で、勝手に作り上げた空想の世界が広がっているだけ……。無意識であろうがなかろうが、こんなことを考えるなんて、よほど自分中心な考え方になっているかも知れない。
――自分が消えてしまえば、すべてのものが消えてしまう。何しろ私が作り上げたものだから――
 と考えてしまうのだ。
 そんな時に思い浮かぶのが、以前母親と行ったあの診療所。ベッドで動くこともできずに、酸素ボンベによって生き長らえている痛々しい老人の姿……。
――きっとあの人も消えてしまうのだろう――
 父や母の顔が本当であれば真っ先に浮かんでくるはずなのに、なぜか浮かんでくるのはあの時の老人の姿なのだ。哀れだと感じたのには違いないが、それ以外にも何かを感じていたような気がする。
――もう長くないな――
 子供心にもそう感じ、
――まるでこのまま消えてしまいそうだ――
 という思いで漠然と見ていたように思える。その中で何を感じ何を考えたのか、そこまで考えると、今度は金太郎飴が頭に浮かんでくるのだ。
 何か考えが堂々巡りを始めた気がする。
 最近、特に鏡を見つめることが多くなったように感じる。前からよく鏡を見てはいたのだが、漠然と見ていたようで、見つめる時間が長くなっていたことに最近気付いたのだ。
 鏡を見つめている自分は決してナルシストではない。どちらかというとあまり自分の顔が好きではない私が、じっと鏡を見るというのも珍しいことなのだ。
 鏡を見つめていると、いつも過去のことを思い出す。たまに未来に思いを馳せていることもあったりするくらいで、自分でも不思議な世界を作っているようだ。
「お前、それこそナルシストじゃないか」
 きっと他人に言えば、そんな答えが返ってくることだろう。だから他の人に話したことはない。ただ、たまにトイレなどで鏡を見つめている私が目撃されているらしく、時々そのことを私に話す人もいる。しかし、皆その反応は様々で、
「まるで子供のように背が低いような感じだったよ」
 だったり、
「老人のように腰が曲がっていた」
 というものだったりと、自分でも信じられない話を聞く。
 そういえば、鏡を見ながらまるで夢を見ているような錯覚に陥ることがあった。子供の頃に帰って見ている感覚や、
――歳を取ったらどんな顔になるんだろう――
 などと考えて鏡を見つめていることもあった。
 私はきっと変わってしまったのだ。いや、自分の知らない世界が存在することに気付いたのかも知れない。
 そのターニングポイントはきっと母親と一緒に出かけた診療所だったのだろう。
 私は今、それを確かめようとこの街へやってきた。
 母も父もすでにいない。先日結婚三十周年記念ということで海外に出かけたのだが、そこで起こった列車事故という悲劇、二度とその感情のこもった表情を見ることはできなかった。実にあっという間の出来事である。まして事故ともなると青天の霹靂とでもいうべきだった。
 父はかなり昔に比べれば、性格がまるくなっていた。それは旅行に出かける前、空港で私に見せた満面の笑みでも測り知ることができる。その顔は母と同じような表情で、やっとこの歳になって夫婦の絆が深まったのだと、私に感じさせてくれた。
 それがついこの間のこと。まるで、昨日のことのようだ。
 最後に見た母の顔が目に浮かぶ。飛行機に乗る前は父と同じようにニコヤカだったが、一人になったその顔は私を見つめていた。
 その表情の訳を理解できなかったが、後から思えば、
――死期が分かっていたのだろう――
 と思えて仕方がない。
 その表情見たことがあった。それが診療所で見たあの時の母の表情だったことを思い出すと、もう一度診療所に行かなければならないと感じたのだ。
 それに、私も何かあそこに忘れてきたような気がして仕方がないのだ。
 近づくにつれていろいろ今まで考えてきたことが分かってきたような気がする。鏡を見ている自分にしてもそうだ。きっと鏡を見ている自分は、鏡の中には違う自分がいて、時々見つめながら鏡の中の自分と入れ替わって見ていたのかも知れない。だから、他人が見ていても子供だったり、老人だったりするのだ。
 それがきっと自分の中にいると感じた理由なのかも知れない。いろいろな人格の自分が私の中で共存していると思ったのは、鏡の中の自分を見つめていたからだろう。時間というものを自分の中での共有を許せるもの、それが鏡の中の世界なのだろうか?
 母は、そのことを知っていたのかも知れない。私に対する目が他人と違う時があった。それは同じ感覚を共有できる者同士だけが感じることのできる世界、母の無言の気持ちだったのだろう。
 診療所に近づくと、そこには診療所があったと思しき空き地が残っているだけだった。思ったより狭いその敷地は、私を少年時代の記憶へと導いてくれるものではなかった。
 今ここで見ている光景、それは以前にも見たような気持ちになっている。そう、ずっと以前にまったく同じ光景……。
――あ、また違う私が顔を出している――
 そう感じた時、私は診療所のトイレの鏡の前にいた。その顔は老人になっていて、忘れていた何かを探しに来た若き日の自分を見つめているのだ。
 もう長くない自分、そう言い聞かせると、若き日の自分は頷いている。今回は分かった、一瞬にして鏡の中の自分と入れ替わっていたが、鏡に写ったその顔はベッドで酸素ボンベを付けられていた老人の顔であった。
 忘れていた何か……。
 それはここで終わってしまう自分の人生、それを見つけに来ることだったのだ。
 それがなぜ今なのか?
 それは私にも分からない……。

                (  完  )










作品名:短編集18(過去作品) 作家名:森本晃次