①全能神ゼウスの神
ぐるぐる頭の中でそれぞれの言葉を反復しているうちに、頭がぼぅっとしてきた。
「…還ります。」
呟くように、私はそんな言葉を漏らす。
すると、陽の表情がパッと華やいだ。
「よし!これで、親御さんを泣かせずに済むね。」
けれど、すぐにその瞳が甘さを含む。
「あ、でも…その前に」
言いながら陽は一瞬、ゼウス様を見て勝ち誇ったような表情を浮かべ、立ち上がった。
そんな陽を、ゼウス様は無表情で冷ややかに見返す。
陽はゼウス様と睨み合うように視線を絡めた後、その視線を私に移した。
「うちに来ない?」
甘さを含んだ表情に、胸が早鐘を打ち始める。
「久しぶりに会えたんだ。…ゆっくりと思い出話がしたいな。」
私がうっとりしながら小さく頷くと、ゼウス様は無言のまま遮っていた腕を下ろし身をひいた。
私は、ヘラ様をふり返る。
すると、ヘラ様は頷きながら微笑んでくれた。
私はそんなヘラ様に頷き返すと、ゼウス様に頭を下げる。
「お世話になりました。」
笑顔でお礼を言うと、ゼウス様は相変わらず人形のような無表情で私を見下ろした。
「ミカエルには、おまえを還す力はない。気が済んだら、ここに帰って来な。」
(そうなんだ。)
「ありがとうございます。」
もう一度お礼を言うと、私は陽に近づく。
すると陽が腕を伸ばし、笑顔で私を抱きしめた。
「!」
その瞬間、体が強張る。
咄嗟に陽の胸を強く押し返し、距離をとった。
体がガタガタと震え、呼吸が浅くなる。
そんな私を、陽は冷ややかな表情で見下ろした。
(…え?)
驚いてその瞳を見上げると、ニコッと笑顔を返される。
(気のせい?)
戸惑う私から顔を背けると、陽はうなだれた。
「僕の魂は『恋人の陽』だけど、それでもダメなんだね。」
その悲しげな声色に、私の胸は痛む。
けれど、陽は思い直したようにパッと顔を上げ、笑顔を向けた。
「ごめん。めいを責めてるわけじゃないんだ。ただ、自分の不甲斐なさが情けなかっただけ。…怖い目に遭ったんだもん。仕方ないよ。」
そしてゼウス様に向き直り、優雅に頭を下げる。
「空気のざわつきは、めいが原因だったんですね。負の侵入でなくて安心しました。」
陽は私をチラリと見ると、再びゼウス様を見つめた。
「では、めいを連れて帰ります。」
ゼウス様は無言で腕組みをしながら、小さく震えている私を横目で見る。
「ゼウス様。」
陽に呼ばれて、ゼウス様は再び彼を見た。
「めいを消さずにいてくださり、ありがとうございます。」
丁寧に頭を下げる陽を、ゼウス様は無言で見つめる。
そのあまりにも無機質な表情に、私の背中はぞくりと震えた。
(そうか…あの泉で、ゼウス様に消される可能性だって、あったわけだ…。)
(なのになぜ、匿おうとしてまで私を助けてくれたんだろう…。)
考えの読めないゼウス様の横顔を盗み見ながら、私がそっと陽の方へ行こうとした、その時。
私の手首を、ゼウス様の左手が掴んだ。
「!?」
思わず腕をふり払おうとするけれど、ゼウス様の力は強く、びくともしない。
ゼウス様は、その金色の瞳で私の瞳をとらえ、覗きこんできた。
(…な…に?)
至近距離で見つめられるうちに、じょじょに身体から力が抜け、ふっと意識がとぶ感覚に襲われる。
そのせいか、腕をつかまれているのに、不思議と恐ろしさを感じなかった。
「ゼウス様。」
ぼんやりした私の耳に、陽の声が聞こえる。
「それ以上は…。」
言いながらゼウス様の手に陽が手を重ねた瞬間、ビリっと身体に電気が走り、力が蘇った。
痺れた私の手を、ゼウス様はそっと放す。
手は放されたけれど、その金色の瞳はまっすぐに私をとらえたままで、その鋭さと美しさに私も囚われたように見つめ返した。
暫くそうやって見つめ合っていると、ゼウス様は突然ふっと顔を逸らし、陽に視線を移す。
そのゼウス様の視線は恐ろしいほど鋭く、全てを見透かすように陽を射貫いた。
陽もそんなゼウス様を真っ直ぐに見つめ返し、口角を上げる。
「めい。」
ゼウス様は、陽と睨み合ったまま私を呼んだ。
「!…は…はい!」
二人の迫力に気圧されながら、私は返事する。
すると、ようやくゼウス様は私へゆっくりと視線を移し、無表情で告げた。
「ミカエルに、惑わされるなよ。」
「…え?」
きょとんとする私に、ゼウス様はもう一度告げる。
「還してやるから、必ず、戻って来な。」
どうしてそんな念をおされているのかわからないけど、私はこくりと頷いた。