①全能神ゼウスの神
(もう、声に出しても出さなくても一緒じゃん。)
ため息を吐く私を、ゼウス様はななめに見る。
そしてそのまま少し私を見つめた後、金色の無機質な瞳が伏せられた。
「今、おまえは意識不明の重体。だから、今なら還れる。」
「見える…んですか?」
「全能神だから。」
再び金色の瞳が、私をとらえる。
「還る?」
無表情のまま訊ねられ、私は言葉に詰まった。
「…それ、いつまで大丈夫ですか?」
私がすぐに還ると言わなかったことが意外だったのか、表情こそ変わらないけれどゼウス様は不思議そうに首を傾げる。
「…襲ってきた男は、私の交際相手のことまで知っていたんです。ということは、明らかに私が標的だった。でも、人に恨まれるような覚えがないんです。…それでも狙われたのは、事実。何か理由と原因は必ずある。…もし、私が無神経に誰かを傷つけていたのなら、償いたいし…。」
まっすぐに見つめてくるゼウス様から視線を逸らし、私は俯いた。
「それに、その真相がわからないと、還ってもまた狙われる…。そう思うと恐ろしい…というのも正直な気持ちで…。」
するとゼウス様は、納得したように小さく頷く。
「一週間が限界だと思う。場合によっちゃ、それより短くなるだろ。」
「一週間…。」
「ん。これ逃すと、さすがの私も、もう還してやれない。」
ゼウス様は、金色の瞳でジッと私を見つめたまま、さらりと白銀の前髪をかきあげた。
「ここは本来、神々でさえ立ち入ることができない神聖な場所。だから、人間が立ち入ったなんてバレたら、おまえの命はない。」
(!)
「しかも…あの虹色…」
言いかけて、ゼウス様は口をつぐむ。
「いや、それはいい…。」
ひとり言のように呟くと、立ち上がった。
「とりあえず、おまえを匿ってや…くしゅ!」
(!!)
(い…今、くしゃみした!?神様のなのに、くしゃみした!?)
「神だって、くしゃみくらいす…くしゅっ!」
(そうなの!?)
「…ついて来な。」
ずずっと鼻をすすりながら背を向けてスタスタ歩いて行くゼウス様を、私は慌てて追う。
無表情で感情の起伏が全くないけれど、なんとなくその背中は照れているように見えた。
「ぷっ。」
思わず吹き出すと、ゼウス様が立ち止まる。
(やば!怒った!?)
ゆっくりとこちらをふり返るゼウス様に、身構えた。
けれどゼウス様の表情は変わらず無機質で、何の感情も読み取れない。
「あ…の、バカにしたわけじゃ」
「裸足…我慢できそ?」
私の言葉に被せるように、ゼウス様は訊ねた。
その言葉で、私は靴を履いていないことに初めて気づく。
「痛いなら、背負ってやるけど。」
(男性に恐怖心を抱いている私を、さりげなく気遣ってくれているんだ。)
「歩けるので、大丈夫です。お気遣い…ありがとうございます。」
私が頭を下げると、ゼウス様は無表情のまま前を向いた。
そして、ゆっくりと歩き始める。
(…。)
冷ややかな雰囲気の人だけど、その優しさにほんのりと、胸が温かくなった。
「っくしゅ!」
その時、再び聞こえたゼウス様のくしゃみに、私はハッとする。
そして、借りていたシャツを脱いだ。
「神様も風邪、ひきますよね?」
言いながら近づいたけれど、手が届く距離になると足がすくむ。
「すぐそこだから、大丈夫。着てな。」
ゼウス様はこちらを見ずに、静かに言った。
(私が怖がってるから。)
意外にも引き締まった筋肉質な裸の上半身に、すらりと長い手足。
(ほんとに、マネキンか蝋人形みたい…。)
風がやわらかにそよぐと、借りたシャツからは、再びふわりと甘い香りがする。
そのやわらかな香りと冷ややかな雰囲気がまるで本質と見た目にギャップがあるゼウス様そのもののようで、私はその背をジッと見つめた。