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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 五、生命の章

INDEX|35ページ/38ページ|

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 ……どれだけの時が経ったのか。空には星も月もなく、誰も時を数えるものはなかった。
 そのうち、涸れ河のそこかしこで、同じように水が湧きだし、ちょろちょろと細い筋をつなげていった。
 長すぎる夜のうちに、大河は静かに姿を戻そうとしていた。
 その下流、北の神殿址にはまだ、かつてその地を豊かに覆った緑草の影もなかった。ただ水ばかりが、乾いた岩肌を覆っている。ところどころ瓦礫が水面に突きだし、戦の爪痕を示していたが、それも誰かが火を掲げてやらねば目には映らないのだった。
 静かな夜が、どこまでも続いていた。
 天はいまだ闇であり、それを映す水面もまた、黒ぐろと広がるばかりである。
 その、大河の下流。はじめに地をうるおした水源に、
 睡蓮が、ひとつ。
 いつの間にそこに生じたのだろう。若いつややかな緑葉を従えて、それは水面からすと茎をのばした。
 そして花弁を開いたそのとき、
 まるでその内側の花糸と同じ黄金をした、光が、地平から呼び起こされるように現れた。
 日の光。闇を剥ぎ取り、天を青く染めあげ、水を煌めかせる太陽。
 大気があたためられ、風が水面をなでてゆく。
 光の筋が、水上に目覚めたばかりの新たな命にそそがれた。
 ひらいた花弁は、空とおなじに輝きわたり、水のようにどこまでも深く澄む。
 天と地をむすぶ色。それは、青い色をしていたのだった。
 闇空と同じ色をした衣を肩にかけ、男神がひとり。睡蓮のかたわらに立ち、ひらかれた花に祝福せんと笑みかけた。

 そのいろどりこそは、“下天の闇(イムハト)を払い給う(ケセル)”。
 ――はじまりの予言のとおりに。