睡蓮の書 五、生命の章
下・結び、ひらく・3、ナイル讃歌
生命神ドサムの力に貫かれ、
ラアの額の赤い宝玉が、割れ砕けた。
同時に、光の放出が、ぴたりと止む。
強烈な光がこつぜんと消え去り、天は夜より暗い闇となる。
にわかに、ラアの肉体は墨のように黒々としたかたまりに変わっていった。
焼かれた木像のように――しかしその状態も長くはもたず、音を立ててひび割れてゆく。
その隙間から、こぽりと、黄金がこぼれ出た。
沸き立つ坩堝から生じる、熱く熔けた金属のように。あるいは煮え立つ溶岩のように、ラアの内側から次々とあふれ出る。
こぽ、こぽ、こぽり。
それは生まれた端からまだまだ形を変え、夜の天に散らばった。
ぽこぽこ、ふつふつと――形を定めず、闇を彩る。
闇を食みその内側で燃やし去る、命のかけらのように。
あるいは闇を住処とせんとうごめく、冥府の魔虫のように。
己を形作っていたその器を砕き、あふれだす。
ラアは叫んだ。……このときを待っていた、と。
光を生む星、そのものは闇でできており、
その闇のうちから、黄金はほとばしる。
生むその黄金のために、自身はより黒々と影に沈み、
光に食ませ、また光を食む。
黄金はすべての色を映しこみながら、
しかしそれらのために自身の色を失うことがない。
吉星か、凶星か。
その善悪の枠を切り裂き、彼は輝く。
その強さのために。
美しく人の心を縛り付け、畏怖の念を抱かせるそれ。
その瞬間の美。直後には失われる美。
生まれた瞬間、死にいたる、その狭間の輝き。
頂点に達した一瞬。ただ、そのときだけの。
さあ、どのような形になるも自由だ。
翼を。そうしてどこまでも高く飛んでいこう。
もっとも明るく輝く星になるために。
何よりも強く、もっと強く――。
――――
中央で身を横たえたカムアは、
手放した意識のどこかとおくで、夢を見た。
闇空を駆けあがる、雌獅子の夢。
金の毛皮をなびかせ、それはまっすぐに、闇をただよう黄金に向かう。
そしてそれらにたどりつくと、獅子は黄金に焼かれ、炎を上げた。
金の粉を撒き、あかあかと燃えあがる火は突如、左右にさっとひろげられ、一対の翼をかたどる。
そのまま、おおきな一羽の鳥となって羽ばたいた。
高く、高く、どこまでも飛び去り、
ぐんぐんと遠ざかり、そうして、
闇空にただひとつの星となるかのように、かなたでちかりと灯る。
夢のなかでカムアは、それを見上げていた。ずっとずっと、みつめていた。
夜に溶けて、なくなってしまうまで。
*
作品名:睡蓮の書 五、生命の章 作家名:文目ゆうき