小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

睡蓮の書 五、生命の章

INDEX|27ページ/38ページ|

次のページ前のページ
 

 女神たちはヒスカを促すが、腕をふり払い泣きすがるばかりで、動こうとしない。と、ひやりとした風が吹き、ヒスカを励ますように頬をなでると、神殿奥へと導くように吹きすぎた。
 あなた、と小さく声し、ヒスカはやっとそれを追うように立ち上がった。
《少し……手伝ってくれないか》
 ヤナセの言葉がふたたび届いた。カムアは閉じかけていた目をうっすらと開く。
 おそらく、と彼は思った。自身の力で結界を生じようとも、気休めにしかならないだろう。ラアのこの強大な力の前では、自分たちはおろか地下に逃した女神たちも、生き延びることはできないかもしれない。無駄なことなのだと、そうも思った。
 ……けれど、結界を通して、あの力を感じることもできる。
 カムアは補佐の杖をあらわし、力を用いた。ヤナセの上にうっすらと結界の膜が広げられる。
 そうしてラアの力が注ぐたび、カムアはその身をよろこびにうち震わせる。意識を鮮明にすればするほど体じゅうが疼いたが、うける衝撃を、その力の大きさを、より確かに知ろうとした。意識を手放すまで、何度も。 
 女神たちは地下へと急いだ。そのひとり、マキアの腕に抱かれた幼子は、首を懸命にのばして振り返り、上空の父の姿をその目に映していた。
 影に覆われ判然としないその姿を。見えなくなるまでずっと、みつめていたのだった。


   *


(こんなものじゃない、もっと)
 光のうちで、ラアはもどかしさに身悶える。
(もっと、まだまだあるはずだ。この膜が……この器が、身体がじゃまなんだ)
 彼はおもう。この身のずっと奥、身体の芯より湧き上がり、体じゅうを染め上げて熔かし去るようなものが欲しい。自分自身がすべて力になって出て行ってしまえば、どんなに気持ちがいいだろう、と。
 王とは、民を守る翼たれ。父はそう教えた。
 しかし自身はいま、地を焼き尽くす炎となるのだ。
 生きる以前の望みに、生の中にあって立ち返る。ずっと内に保っていたそれ、己の核となり己を生かしてきたものに、ついに、たどりついた。
 その意志とひとつになって、最期を、生きるのだ。
 ……この膜。ずっと、こうした膜に囚われていた。
 炎をこれほど激しく燃えあがらせるもの、それは反抗の意思である。
 己の内側にある門。異質なそれは、しかしまぎれもなく己の一部であった。開き見るより以前に、彼はその性質を知っていた。確かに知っていたのだ。
 不信。疑い。それらが積み上がり、己を否定しようとする。間違っているのではないかと、この道は進むべきではないと――押さえつけ、圧し込めようとするのは、他者ではなく、自分自身の意識だった。その膜は、己が生んだものである。
 より深く沈み、冥いその色と同じに染まってしまうかと思われたときに、彼はようやくみつけだした。この、煮えたぎる黄金を。
 深い不信が強固な信仰心へと大きくゆり返すように。自身を深く底へと追いやっていた否定の意識が、ゆるぎない肯定へと転じたのだ。
(均された“正しさ”なんて、要らない)
 それは憤怒の火であった。
 力強き牡牛としてあることを望みながら、その角の奇妙に巨大なさまにおののき、矯めようとすることへの。同じ己のうちの、称賛すべきものだけを認め、そうでないものを切り離そうとすることへの。
 皆知らないのだ。目に映るすべてのものの裏側に、それを生み出している源があるということを。それは真逆の形をしているのだということを。
 そして、確かな感覚から生じるものほど、人を引きつけ畏怖させるものはないのだということも。
 闇は新しいものを映しはしない。けれど、隠されたものをあぶり出し、見えていたものの形を変えてゆく。
 光の中では気づくこともできないそれら、彼自身がずっと知らずにいたものたちを、彼は明らかにしたいのだ。美しい形をした誤魔化しを切り裂き、偽りを砕いて、醜くとも確かなその姿を示したい。
 そうして、混然としたその姿の、それだけが形作る美を、知らしめたいのだ。
 その激しい追究、他を排しただそれだけを見つめる眼差しが、彼の炎となるのだった。
(見せるんだ。おれが、それを、見たいんだ)
 誰に望まれなくとも、自ら望み、誰に求められなくとも、自ら求める。
 ただひとつ、自身という確かな軸をうちたて、その導く通りに。
(誰かのためなんて、そんな言葉で飾ったりしない)
 ただ自分のために、自分自身だけのために。
 放ち、呑み込み、そうして大きく、何よりも強く。
 未来よりも、今のために。この一瞬の輝きのために。
 ただひとつの、輝きとなるために。
 ラアはぐっと手足を引き寄せ、ぶるぶると震えるとまた、四肢を大きくひろげる。
 力が、爆ぜる。ぞくぞくと身体じゅうを快感がめぐる。
 解き放たれる黄金を眺め、ラアはほうとため息をついた。
 まばゆい輝き。力強いその放出。自分以外のいったい誰にこれを生むことができるだろう。
 そしてまた、いったい誰に、これを抑えよという権利があるだろう。
 この命を燃やすために生まれてきた。
 己の性質のあるとおりに在る。他の求めなど要らない。
 掴みとり、喰らい、そうして外側にある何もかもを燃え種としてゆくのだ。
 己が生きているという、確かなその感覚を得るために。
(おれは、おれだけの“ほんとう”が、欲しいんだ――)


   *


 セトの力を撥ねつけながら、シエンは眉を寄せる。
(この……力は)
 地上部からくりかえし伝わる振動。初めそれは、大神同士の争いのため起こされたものと考えていた。しかし地の霊たちの様子が尋常でない。形なきものたち、地に宿る意思の流れが、何かに激しくおびえている。
 それはシエンに「異質なもの」を伝えたときと似ていた。けれどそのざわめきはずっと大きく、今まさに表出しているものに対しているようだった。
 彼らが異質としたものは、地下のこの場にある。しかし今、彼らがおびえているものは、地上もしくはもっと上方にあるようだった。降り注ぐ力をというより、その源をひどく怖れているのだ。
 降る力の性質を考えれば、その源が太陽神であることは明らかだった。
(まさか、あのラアが……)
 にわかには信じられない。たしかに一度は我を忘れ恐ろしい力を生じた。しかし戦の前にはあれほど確かな瞳をして、覚悟を決めた様子だったではないか。
 戦を終わらせる、そのための戦いだったはずだ。それなのに、これでは。
(また、過ちを犯すのか――)
 少なからぬ動揺の中にあったシエンの、その隙をセトが見逃すはずもなかった。
 大剣を手にしたその身からは想像できぬ素早さで間を詰め、くり出された一撃。
「!!」
 パッと鮮血が散る。
 辛くも直撃は免れたが、破片がシエンの左眼を傷つけた。
「くくくっ……はははは!!」
 シエンの頬を伝い流れる赤に、セトが愉悦の声をあげた。
「いまさら知ったか。太陽神の本質を」
 その声に交じる侮蔑の色。
「流れを捻じ曲げ、民の目をくらまし、そうして地上の生命を食い荒らす。……お前が成そうとしていることも同じ――それは秩序の『破壊』だ」