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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 五、生命の章

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中・生きるために・3、恐れ



 暗天に突如浮かびあがる黄金の円球。
 巨きな望月、しかし月よりもずっと強い光をしたそれは瞬間、爆風を生じ、そばに躍らせていたプタハの炎の紅蓮をかき消す。
 その場に最も近くにあったヤナセとプタハは、爆風を直に受け突き放されるようにして宙へ投げ出された。
 ヤナセは自身の力で風を生じ体勢を戻そうとするが、太陽神から生じたその力の影響を抜け出すのは容易ではなかった。宙でいく度か身を翻し、距離をひらいてどうにかその身を留めると、その発生源を注意深く見やる。
 夜天に浮かぶ青の膜、生命神がラアを迎え入れたあの膜が、今やラアだけを捕えるようにしてそこにあった。ラアの生む黄金を透かし輝くその膜の傍には、漏れでる烈風に耐え力を注ぐ生命神の姿があった。その力によってだろう、青の膜はしだいに深い影をたたえ、内側の光を覆い隠そうとしていた。
 と、ふたたび激しい衝撃がヤナセを襲った。向きも定まらず吹き荒れるそれに翻弄されながらヤナセは見た。生命神のつくりだした膜、その青い影が幾層か、内側から生じるラアの力に砕かれるのを。
 ガラスのようにひび割れた内側が崩れ去ると、膜は透明度を増し、ラアの生む黄金の光があふれ出た。そこへ生命神が力を注ぎ、層はふたたび厚く重なり光を覆いだす。――かくして巨大な月の盈虚が繰り返しそこに再現された。
 内側には光が煮えたぎるように、その黄金のいろどりを濃く淡く躍らせている。ラアはまるで金の火に焚べられているかのようだ。ときおりその身を小さく縮めたかと思うと、次には伸びあがるように手足を広げ、そのたびに彼の身体から爆ぜるように生じる力が、彼を抑え込もうとする膜のいくばくかを打ち破るのだった。
 そのうちラアの力が強く及んだのか、膜の一部分が貫かれ、そこからついに黄金がほとばしる。
 ほんのわずかな孔から噴き出し、流星のように尾を引いて地上に降り注ぐ黄金。闇夜を横切り金の粉をふりまくそれは幻想的な美を思わせ、人の目を強くひきつけた。
 しかし地に落ちると途端に、それは轟音を響かせ地を揺すり、地獄を思わせる業火を生じた。草木はおろかそこに息づく虫も獣も、魚も鳥も、また人も当然それらに呑まれ炭となるばかり。
 その光景に、ヤナセは顔をこわばらせる。
(これは、まるで……)
 胸が騒いだ。北の炎神プタハは言った、“我が主はまさに、この地を守るため立ち上がった”と。
(まさか……)
 また黄金が吹き出す。ヤナセははっと身構えた。流星の軌道が近い。
 目に捉えたときには既にその熱が届いていた。ヤナセは風をまといその場を退く。しかしそれはあっという間に迫り、触れることなく肌を焼いた。
「ぐ、ぅ……っ」
 距離はあった、しかし充分でなかった。これほど広範囲に及ぶ力とは考えなかったのだ。光の筋が帯びるその熱は目に見えず、火よりも激しく焦がしつける。風ではそれらを遠ざけるどころか、わずかにも影響を与えられはしなかった。
 熱から身を庇うように覆ったヤナセの右腕がみにくく焼きただれ、赤い肉をのぞかせた。痛みにめまいを覚えながら、ヤナセはその眼をおし開いて見た。
 流星はさらに天から降り注ぎ、神殿の屋根を柱を砕き、水上の廊を落とし沈ませる。燃え種がなくとも火は生じ、それは鎮まることを知らない。
 次にはより遠くに、また近くに、そこかしこで火をあげ燃え盛る。炎は水際に及ぼうともひるまず、草木を灰に変えてもなお収まることがなかった。そうして乾ききった地はひび割れ、大気を熱し、河の水が沸き湯気をたてる。
 太陽神ラアの力が、地上を焼きひろげてゆく――。
 ヤナセは言葉を失った。青の膜に閉じられたラアは、彼が「裏側」の力を用いたときのように我を失っているのではなかった。その眼ははっきりと意思を灯し、彼は自らこの力を生じているのだ。
 その力は明らかに、彼の目の前の敵ひとりに向けられたものではなかった。過剰ともいえる力の放出がどのような結果をもたらすか、それが想像できぬはずはない。
(なんという……ことだ)
 これはラアが見せたあの「裏側」の力とは違う、しかしまるで同じ結果を引き起こそうとしているようではないか。
 ヤナセは中央でのラアの様子を思い返す。戦を目前にしながら、あのように気安くふるまえたのはなぜか。それが、ずっと引っかかっていた。力への自負かと、そのときは思った。――しかし違う。
 ラアはやはりただ一人で戦うつもりであったのだ。彼の覚悟は、彼だけのものであったのだ。その背には守るべき多くの命の重みなど負われてはいなかった。上に立つもの、王としての責任など、微塵も負っていなかったのだ。
 ラアはこの戦を、己ただ一人のもののように受け止めていたのだ。
(なぜ、気付かなかったのだ……)
 悪い予感はあった。まるで戦を見据えた様子でないと、違和感を幾度も覚えたはずだった。
 声をあげ明確に疑問を呈することのなかった自身を悔いる。――しかしそうしたところで変えられるものなどあったろうか……?
 遅すぎたのだ、と。どこかで道を違えてしまった――ヤナセは愕然とおもう。
 大いなる力を手にすれば、それ相応の責任を負うもの。それは当然であると思っていた。しかし、当たり前のことに誰でも容易に気づけるというわけではない。それを当然とするための何かが、彼には足りていなかったのだろう。
 それが何であるか、ヤナセには分からない。自身はそれを自然と、無意識のうちに手にしてしまったがために、その形を知らない。知らぬものを、どうして指し示すことができようか。
 与えてやれなかった、示すことをしなかった自身らの過ちであるのかもしれない、だが――
 どう、と遠く響くとどろきに、ヤナセはハッと振り返った。
 流星はずいぶんと彼方にまで放たれている。ラアの力が優勢であるのか、それはますます頻度を上げ、闇空は地に広がる炎に赤く照らし出されている。河の水が蒸発しはじめ、大気がべたべたと肌を湿らせる。
 ヤナセはふたたび朔望せめぎ合う天上の球を見た。
 あの膜が、完全に破られてしまったら――。
 羽音をたて、白く大きな翼がその両腕にあらわれた。ヤナセは風をまとい、宙を旋回する。
 と、そのゆく手を阻むように炎が立ち上がった。
「どこへ行く気だ」
 腕を突きだしたプタハが、にたりと笑みを浮かべ見上げている。
 探したぞ、と彼は言った。
「まだ終わっていないだろう」プタハはその赤い瞳を細め、こちらを捉える。「言ったろう、逃しはせん」
 居丈高に言い放つが、その身にはいくつもの傷が刻まれていた。炎神が熱傷を負うなど――太陽神の炎はやはり性質が異なるのだろう。
「この状況でまだ勝敗にこだわるか。こんなことを続けたところで、力にのまれ互いに命を落とすだけだ」
 ヤナセは諭すように言う。が、
「恐ろしいか? お前の主、太陽神のその力が」
 くくく、とプタハは喉で笑った。
「お前たちが信じ仕えてきた太陽神の邪性に、逃げ出したくなったか」
 煽る言葉にヤナセは瞳を鋭くし、じっとそれを見据えた。
「私には守るべきものがある、そう言ったはずだ」
 低い声。主の意思を示すように立ち上がる風が、ヤナセの長髪を巻き上げる。