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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 五、生命の章

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 同じ器であるのに、ホルアクティであったものとはまるで顔つきが違う。義弟が背負っていたもの。葛藤、迷い――そういったものとまるで無縁であるというように浮かべられた笑みは、影を払う光そのもの。まだ父ウシルが王座にある頃、少年であったホルアクティが見せたあの無邪気さに似た――しかし義弟とは違い、どこか確信的なその様子。
 また瞳に現れる意思の力はどうだ。捉えたものをがしりとつかみ取り、その影響下に置かぬものはない。その眼差しは、闇を覗き見るものにたちまち光を注ぎ、その者は居心地の悪い思いをすることだろう。しかし光を見上げているものは、それによって励まされ力を得るに違いない。
 輝きの主たる太陽神。まさにその名を冠するために生まれたようなこの少年。
 原初の闇などとはまるで真逆の性質。しかしその瞳は、光を拒むような漆黒の色。
「太陽神……名は?」
「おれは、ラア」
 瞬きもせず、彼は応えた。
 その笑みはいったい何であろうとハピは思う。まるでこれから彼自身が成すことに心躍らせているかのようだ。
「……お前は千年前の予言の意味と、自らの力の性質を、理解しているのだろうな?」
 ハピは言う。ラアはゆっくりと一度瞬くばかりで何も言葉にしなかった。けれどそれは否定の意味をもたないと、ハピには分かった。
「お前が手にした力の正体を、私は知っている……」
 そう、とてもよく知っている。それは千年前に自身が手にしたものだ。
 ハピの傍には幼いころから常に死の影があった。死という概念がまだ確かでなかった当時、彼は母のまとうそれを誰よりも身近に知り、母の死後は強くその正体を求めるようになった。そうした体験が、ハピの内面に影をはびこらせ、また、アンプを近く思わせたのだった。
「お前は、自身のうちに冥府の門を開いたのだ」
 月の姫アンプが醸すもの、それこそは冥界ドゥアトに近しい性質である。それは哀しみの淵にあるものを慰め、彼自身の内へと引き込み、守るものである。あたりに満ちる光の眩しさに目を逸らしたくなったとき、前を向く力を失い立ち止まったとき、そこから遠ざけ、憩いの場を与えるものである。
 しかしそれは同時に、人の活力を奪うものであり、気力を停滞させ意思の力を弱めるものでもあるのだ。
「……不思議だ。お前はそれを受け入れながら、外へ向かうことを止めぬ。内に引かれながらそこに確かに立ち、そうして自身を放つことを止めぬ。……なぜだ?」
 彼がラアに対し強い違和を感じたのは、そこである。
 なぜ、心地よく抗いがたい眠気を覚えながらその目を開き見ようとするのか。それには、ハピ自身には無かった“何か”があるに違いない。
「ラアよ、お前をその場に留めるものは何だ? 内に引き込まれぬようにと、手を取り声かけるものが、お前にはあるはずだ。温かな、そうした思いをその身に受けてきたはずだ――」
 ハピの言葉にラアは目を閉じ、思いをはせる。
 あたたかな思い――たくさんある。乳母の肌のぬくもり、お母さんっていう匂い。友人たちとのふざけあい、くすくす笑い。いつも自分のことを気にかけてくれた姉さん。なにより、いつでもそばにいてくれたヒキイのあの、困ったようなほほえみ。ときどきやってきては声をかけてくれたヤナセやホリカ、それから……――
 人の輪、つながり。かけられる声。喜び、期待、信頼、称賛……様々な言葉とともに向けられた思い。それらが、あたたかにラアの胸を満たしてゆく。
「そうだ……お前はそれらのために生かされ、ここにある」
 ハピはゆっくりとうなずく。
「それらに報いるため自身が何を成すべきか。お前は知っているはずだ、ラアよ。お前にはその温かな光こそ相応しい。光をもって影を払う――それが太陽神たるお前の神性であるはずだ」
 そこまで言うと、ハピは一度静かに目を閉じた。
「……お前がその力を、あるべき形に抑える努力をするならば。私はその命を奪うことまではすまい」
 穏やかに誓いするそれは、あらゆる命をいつくしむ彼自身の神性である。
 ハピは言う。この世の時を“何処までも《ジェト》”“何時までも《ネヘフ》”繋ぐため、互いの力をあるべき形に整える必要があるのだと。
「どのような力も、その意思で抑制されねば自身の『力』とは言えぬ。善き力を宿し、悪しき力を抑え、生きる時を永らえさせればこそ、その輝きは強く望まれるものとなろう。それこそが正義《マアト》にかなう在り方というもの。
 お前はその父に、王として立つすべを――守るべき秩序《マアト》とは何かを、教わったのではないか?」
 ――王とは。
 ラアは生前に語られた父の言葉を思い出す。大きな手をした父。自分を抱き上げ、いつでも期待の言葉をかけた父。
 “王とは、民を守る翼たれ”と。
 何度も聞かされた。大いなる力は、そのためにあるのだと。この力で戦を終わらせ、人々を……この世のすべてを守るのだ。自分はそのために生まれたのだと。
 そうだ。ずっと、そう信じてきたのだ。
「その陰りなき尊き光を闇に染めることはない。誰がそれを望もうか? 内なる冥府の門、その禁忌の力を閉じるのだ。千年前に私が成したこと――その後悔をいまさら語るまでもないだろう、ラアよ。
 己を呑み支配する力に抗うのは容易ではないだろう。だが、お前は一人ではない。……そうだな?」
 ハピの声は鼓吹の響きをもって向けられていた。
 ラアはくっきりと開かれた黒の眼で、ハピを捉える。そこにもう笑みはなかった。
「おれは、この力を抑えたりしない」ラアはそうして、きっぱりと言った。「ふたつを合わせた力こそが、おれ自身なんだ」
 ハピはかすかに眉をひそめる。しかしその穏やかな表情を崩すことはしなかった。
「ラアよ。異界の力その一面を抑えたところで、お前の力の強大さは変わらぬ。それに追随しうるものはない」
 そうして教え諭すように言う。
「お前が手にしたそれは、外に引き出すべきものではない。人の内なる門は、アンプに宿るあの性質と同じく、個のうちに閉じられてこそ意味を持つのだ」
「あなたは、だからアンプがずっと閉じられていてもいいと、言うの?」
 ラアの漆黒が鋭くハピを見据える。ハピは苦々しげに顔を歪めた。
 アンプを、月の姫を思う心が、変わったわけではない。それに心救われた事実を、無かったことになどしない。しかし……、その力は生命に確かな影を落とす。その時と場を限られなければならないのだ。ハピはそのことを、千年前に身をもって知ったのである。
「――閉じていなければならなかったろう」
 そうして、ハピは声を絞り出すようにして答えた。
「それは……仕方のないことだ」
「おれはそんなの、嫌だ」ラアは首を振る。「自分の中にあるこの門を、見ないふりなんてできない」
「門は誰の内にもあるのだ。だがそれに気づくものばかりでなく、また気づいたとてそれを開こうなどとは考えぬものだ。それへの怖れあるいは正義《マアト》が、それを引き留めるだろう。……万一開かれようとも、それを望むものなどあろうか?」
 自身がそうであったように。それは望まずとも、開かれる。長く内側に留まれば、門が引き寄せそれを開かせるのだと。
 しかし、ラアは言った。