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「透明人間」と「一日完結型人間」

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「あちらの世界では、こちらの世界よりも生活環境は切迫しています。少子高齢化が進み、食糧問題も大きな問題になっています、一番の原因は、自然界の均衡を人類自ら崩してしまって、生物が激減してきました。人間の人口も減ってはいますが、食糧問題を解決できるほどのものではなくなっています。当然、政府はいろいろな対策を考え、科学者とも相談しながら、いろいろ考えてきました。他の次元に人を送り込んだり、他の次元から、食物を持ってきたりですね。この世界でも、これから少しずつおかしなことが起こっていくかも知れません。科学者の中には、食物を巨大化させたり、人間を小さくする計画を立ててみたりする人もいましたが、なかなかうまく行きません。そこで登場したのが、『透明人間計画』だったんです。透明人間を増やせば、食糧問題も解決します。そして、透明人間になりたいという人の希望も叶えられます。彼らはこの世から存在を消したいと思っている人で、中には人と関わることを嫌っている人が多かったんです」
 そこまで聞いた亜衣は、
「それは耳が痛いですね」
 と、苦笑した。
「実は僕も人と関わることを極端に嫌っている性格なので、亜衣さんの気持ちもよく分かります。そんな僕なので、政府は僕にも白羽の矢を立てたんです」
「でも、透明人間になった人はそれで幸福なんですかね?」
「そんなことはありません。一度透明人間になってしまうと、科学者が開発した特殊な機械がなければ、話をすることはできません。実際に透明人間になった人と話をした人は本当に一部の人間だけなんですよ」
「それであなたは、透明人間とお話ができたんですか?」
「ええ、ごく短い時間だけでしたが、できました。その話を聞くと、言葉にできないほど悲惨な気持ちを語っていました」
「そうなんですね……」
「僕は、透明人間になるのが怖くて、こっちの世界に避難してきたんですが、そこで見つけたのが、人と関わりたくないと思っているあなただったんです」
「どうして分かったんですか?」
「向こうの世界には、自分の心を写すことのできる鏡というのがあるんです。その鏡を後ろにも置いてみたんです。すると、鏡は無限に、自分を写しますよね。その中で、次元の違う自分と同じような感情を持ったあなたが映し出すことができたんです」
「あなたは、私に何をしようとしたんですか?」
「透明人間にならないようにするには、自分と同じ条件の人を代役に据える必要があった。そこで白羽の矢を立てたのがあなただったんです」
 亜衣は、自分の立場を思い知らされたが、なぜか聞いていて他人事のようにしか聞こえなかった。
――それはすでに終わってしまったこと――
 亜衣の中にいるもう一人の自分がそう言った。
「亜衣さんには、自分の中にもう一人いて、『一日完結型』の人間だと思っています。僕にとってそんな亜衣さんは好都合な人で、どちらかが僕の代わりになってくれれば、僕も助かると思ったんです」
「じゃあ、どうして、今ここでそのことを告白したんですか?」
「もう、その問題は解決したからです」
「ちなみに、私はどうすれば透明人間になったんですか?」
「それは……。昨日公園で、僕の姿を見た時にシーソーを見たでしょう? その先には誰も乗っていなかったのに、僕の方が上だった。実はあれは、もう一方にもう一人のあなたが乗っていたんですよ。裏にいるあなたですね。あなたを透明人間にするには、表に出ているあなたを、あのシーソーに乗せればそれで終わりだったんです。だから、今日、本当はあの公園にあなたを招き入れて。シーソーに乗せようと計画していたんですよ」
「じゃあ、どうして、問題は解決したんですか?」
「あなたが、今日一日を明日繰り返すことになるからです」
「えっ? 私は昨日を繰り返していると思っていたんですよ」
「それは僕がそう仕向けたんです。いあなたが、少しでも同じ日を繰り返すような素振りを見せれば『一日完結型』の力がどのようなものなのか分かると思ってですね」
「それで?」
「あなたが同じ日を繰り返す時、僕に対して強力な力が及ぶことが分かりました。それで、僕が自分の次元で透明人間にさせられる危機は脱したんです」
「そうだったんですね」
「ええ、でも根本的な解決にはなっていないので、僕は科学者として、もっといろいろ研究をする必要があります。そういう意味では僕が透明人間になるということは、向こうの世界ではマイナスになるはずだったんですよ」
 亜衣は、彼が、
「僕は透明人間になるのが怖い」
 と言ったのは本音だろうと思っている。
 しかし、それ以上に彼の裏の顔を見た気がした。
 彼には誰にも負けない自己主張があり、上から目線に見えるが、その中でも、正義感に溢れている。そんな人間はこの世界でもあまり好まれるわけではないが、亜衣は好きだった。
――この人も、ひょっとすると「一日完結型」の人間なのかも知れないわ――
 と亜衣は感じた。
 彼は、亜衣の表情を見ながら、
――この人は、僕のことをハッキリと理解している――
 と感じていた。
 亜衣は心の中で、
――彼が見たという両方に置いた自分が無限に見えるという鏡、それを私も見てみないーー
 と、感じるのだった……。

                  (  完  )



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