before a period of our time
なーちゃん他、噂に詳しい子たちから聞くところによれば、本気で受け止めている人は実のところ、そんなに多くはないらしい。むしろ大方の意見では「あの二人がそんな関係になるはずがない」と思われているのだとか。
倉田さんも、学校で顔を合わせるたび、部の連絡での電話やメールのたびにこの話を持ち出してはくるけれど、本気で「浮気」を考えているわけではないと思う。単に皮肉を言いたいだけなのだ。ひと通り(毎回ほぼ同じ内容の)私の言い分を聞いた後、「そうよね、やっぱり」といつも自分で締めくくっているから。名木沢くんが私に目移りするなんてあり得ない、と言いたいのがよくわかる調子で。
私が名木沢くんと付き合うはずがない、と思われているのは別にかまわないし、この場合その方がありがたい。当たり前だけど釣り合わないと思われているのだろうし、何より、お互いにまったくその気はないのだから、勘ぐられるよりはよほどマシである。
ーーただ、それでも「あの時は断るべきだったかも」と思う気持ちは消えなかった。もし私が、少しでも名木沢くんに気のある女子だったら、もっと後ろめたく思っただろう。倉田さんに聞かれた時も今ほどはっきりと否定できなかったかもしれない。
あの日、名木沢くんと一緒にいた時間が楽しかったのは事実だから。
行く先々で気づくと注目される中、名木沢くんがなぜだかいろいろ気遣ってくれたりしたのが申し訳なくて落ち着かなかったりはしたけど、一緒にいて緊張して肩が凝るようなことはなくて、すごく自然な気分でいられたのだ。……彼氏とは違って。
「明後日、式の後で部の送別会やるから、その時にまたちょっとは言われるかもだけど、それで終わるんじゃないかな。大学違うからほぼ会わないだろうし」
本当に、自由登校の後でよかった。毎日顔を合わせる状況で言われていたら、さすがに辟易する。
ちなみに名木沢くんからは、何度かメールで謝りと、しつこく何か言う奴がいたら知らせてほしい、といった連絡をもらっていた。その全部に、私は「ありがとう、大丈夫だから」と返している。今までのところ、倉田さん以上にしつこく触れてくる人はいなかった。少なくとも直接的には。
「それもそうかな。……ねえ、大村も大学違うんだよね」
「ーーーー、うん」
「どうするの、これから」
「どう、って別に……変わらないよ。何も言われてないし」
「続ける気なの、友美はそれでいいの?」
言葉に詰まる。いい、とすぐに返せないことが現状を物語っている。
1年のクラスメートで元野球部の大村くんは、私とは別の大学に行く。そのことは、進路を考える段階の初めからすでに知っていたけれど、第1志望をどちらかに合わせようとか、そういう話は出なかったし、出そうとしなかった。実際に進路が別々に確定となった今でも、これといった感慨は浮かんでこない。
向こうから告白されて、付き合い始めて、いつの間にか2年が過ぎていた。
最初の頃は、ぎこちない雰囲気もある意味では楽しめていた。いわゆる「彼氏」を持つのは私は初めてだったし、大村くんも同じように、私が初めての「彼女」だと言っていた。だからたぶん、お互いに初めてのドキドキ感は、わりと楽しく感じられたのだ。そしてその感覚は、意外に長持ちした。
とはいえ、2年も経てば、不自然なところにも否応なく気づく。
もともと、お互いにあまりデートとか、二人で出かけることにも熱心ではなかったけれどーーだからこそ長く保っているのかもしれないけど、私から何か提案したことはたぶん数えるほどしかなくて、誕生日やバレンタインの行事も形だけかろうじて贈り合う程度。最初はぎこちなくも一生懸命だった大村くんからも、徐々に口数と誘いが減っていった。
それを寂しいと感じるより、ほっとする気持ちの方が大きかったのは否定できない。
誰に言われるまでもなく、もう自分で気づいている。……私は今も、大村くんを本当に好きになれてはいないんだろうと。
もともと、同じクラスで運動部の幹部会でも時々顔を合わせていた、という以外の接点はなくて、他の男子と比べてよく話をしたような記憶もない。だから、付き合ってほしいと言われた時、大村くんに対して特別な好意は正直まったくなかった。
けれど嫌悪は感じなかったし、初めて男子にそんなことを言われて戸惑いはしたけど嬉しく思ったのも確かだった。相手の真剣さは伝わってきたから断るのは悪いとも思った。だから承諾した。
二人とも、口数が多くはなくて、今時の高校生からはちょっとズレている、似つかわしくない頑なな一面を持っていたから、相手の考え方や気持ちには共感できるところが少なからずあった。似ているからといって苛立ったりしたことはなく、むしろ似ているからこその安心を感じたこともある。
それなのに、どうして好きになれていないのか、自分でもわからない。
一緒にいるといまだに少し緊張するけど、苦痛なわけではない。会話やデートは客観的に見ればきっと少ないけど、私はむしろそれでよかった。あちこち連れ回したりひっきりなしにしゃべるような人だったら、逆に早々に疲れてしまっていただろう。
部活のない日が重なる時でもたまに一緒に帰るくらい、お互いに部活や試験を優先にしていたから土日に会うのもせいぜい、1ヶ月か2ヶ月に1度。
3年になって部活を引退した後も、入れ替わるように受験が本格化したから塾や補習で休日も多くが埋められた。電話やメールではなく、最近2人で話をしたのはいつだっただろうーー思い出せない。期末が終わって自由登校になって以降は、学校でも挨拶以外の会話をした覚えがない。
それでもお互いに、表面上は平気にしている、というのは考えてみれば妙なのかもしれなかった。友達は多かれ少なかれ、彼氏と会えないとさみしいと言う。だけど私は、そんなふうにはっきり思ったことは、正直1回もなかった。
相手をそれだけ信頼しているから、というのとはきっと違う。たとえば友達としばらく会わないでいるのと同じような空白、その程度のブランクにしか感じられなかった。
大村くんと付き合っていることは友達の何人かは知っているけど、具体的なつき合いについて、あれこれ話したことはない。なーちゃんにさえもあまり話さない。何か聞かれれば答えるけど、それでも多くは語らない。語ることがそもそも多くはないし、ーー最近抱えている感情については、自分でも戸惑うというかもてあましているから、うまく口に出す自信がない。
大村くんと二人で会うことに義務感を覚えつつあること、大学が別々になることにさみしさを感じないこと、卒業前に思い出づくりをしたいとかはまったく思わないこと、いまだに手をつなぐ以上のことは何もないことーーそれらすべてに、違和感を覚えはしても、積極的にどうにかしようとは思えない。
誰にも言っていないこの感情を、誰かに言えば、絶対に言われるだろう。ーーそんなので付き合ってる意味あるの、と。誰よりも私自身が、たぶん思っている。
だけど私から何か言うことはできない。私から、付き合いをどうするか決めて言う権利はない、そうも思っている。だって一度は承諾しているのだ。最後まで、その責任は果たさなくてはいけない。
作品名:before a period of our time 作家名:まつやちかこ