記憶のない海
[3]
「海と山、どっちがいい?」
そう、先輩に誘われて私は返事に困った
映画館とか水族館、動物園、遊園地とか選択肢あるよね?
なぜに初めてのデートが海か、山なの?
「海がいいか?」
困惑顔の自分を余所に先輩はそう独り言ち、空を仰ぐ
残業前の一時、オフィスビルの屋上
夕焼けに染まる細長い鰯雲が棚引く、秋めいた空
なのに、海?
意味が分からない
そんな思いでちら見する先輩の横顔はどこか満足気
益益、訳が分からない
本音を言えば海も山も好きでも嫌いでもない
もっと言えばデートなんかどこだって構わない
先輩が海を選んだ理由よりも自分には知りたいことがある
そうなのだ
先輩に交際を申し込まれて以来、ずっと頭の片隅にあった
どうにもこうにも消えないもやもやをぶちまけてやる
「どうして、私なんですか?」
「私、そんなにイイ女じゃないですよ?」
突然の発言に普段は表情に乏しい先輩も
鳩が豆鉄砲を食ったような顔になるのは否めない
だが、構わない
立て板に水の如く、言いまくる
「告白オーケーしてなんなんですけど先輩はもてるんですよ?」
「なのに、なんで私なんですか?」
沈着冷静、精励恪勤、出世街道をまっしぐらに進む有望株
愛嬌はなくとも度胸で十分カバー出来てるのに
「なにかの修行ですか?」
「なにかの罰ゲームですか?」
片や私は自他共に認める可愛げのない新卒採用の、女
そんな女に期待するのはツンデレ仕様か、若しくは
「先輩、Mなんじゃないんですか?」
その時私は、自分の発言を聞いてて途中から可笑しくなり
込み上げてくる笑いをなんとか抑えて最後の言葉を言い切った
先輩の鼻先にビシッと!人差し指を突き付ける
瞬間、滅多に笑わない先輩が上半身を仰け反り大笑いする
そりゃあ笑いますよね、自分でも可笑しいですもん
「馬鹿たれ」
そう言い捨て、弾けるように笑い続ける先輩の姿は、なぜだろう?
幼いやんちゃ坊主の面影がちらつく
それは先輩の本当の姿?
だとしたら、損な性格ですよね
「私が馬鹿たれなら先輩は阿保たれです」
吃驚した顔を自分に向ける先輩に
私は一世一代のツンデレ仕様を披露してやる
「海でも山でも構わない、先輩がいればどこでも構わない」