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記憶のない海

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突風が病室を吹き抜ける
巻き上がる白いカーテンが蛇腹のようにうねり
差し覗く空がぬけるように白い

私の、ぼやけた意識が際やかになる

思わず上半身を起こそうとする私の肩を医師が止める
拒むように首を振る、つもりが痛みで動かない

「奥さん」

声が出ない
出ないどころか話し方すら忘れてしまったかのように
ただ、唇がわなわな震えるだけ

医師の白衣の裾を手繰る
白い包帯でぐるぐる巻きにされた、私の腕

力が入らない
筋肉が萎えている事に驚く
それでも居ても立っても居られない
不安で張り詰める私の顔を覗き込む医師が、漸くうなずく

「大丈夫です」

食い入るように見つめる私の視線を受けて医師が再度うなずく
黒縁スクウェア眼鏡の奥、綽然と交わす医師の視線に
温度差を感じるのは否めない、が
なぜかその眼差しに私の心は安堵し、息を吐く

そろそろとベッドに横たわる
仰向く白い空はまるで海中からの望見
漂う水母のようにシーツの波に溶け込んでいく、そんな感覚

「ご主人は、軽傷でした」

本当は飛び跳ねたい気分
だけど無理
私の気持ちとは裏腹に身体は言う事を利かない

力の抜けた私の姿に医師の口許がゆるむ、一瞬の微笑み
それでも医師の微笑みを間近で目撃した看護師は目を丸くしている
医師の微笑みは余程、稀な事なのだろう
自ずと私の口許もゆるむ

先生もあの人と同じ?
だとしたら、損な性格よね

作品名:記憶のない海 作家名:七星瓢虫