ハルコ ~1/2の恋~
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最後の手術を受けて完全に女となったハルコは、そのまま新宿にある店に勤めることにした、地元にはその手の店はないものの県内まで守備範囲を広げればあるにはある、ハルコはどちらかと言えば内向的な性格だから最初は地元でと考えていたのだが考えを改めた、ケイタから少し距離を置きたいと考えたのだ。
高校を卒業して最初に勤めたオカマバーは半ば笑いが売りの店だった。
昨今では性同一性障害と言う立派な呼び名を与えられて心の病の一つとして認知されているが、社会一般から見れば異分子であることに変わりはない、なんとか受け入れられるための手段の一つがそれを笑いに転換してしまうことだ。
真顔で抱きついて『気持悪い』と言われるくらいなら、痛む心を押し殺して笑い飛ばしてしまった方が楽というものだ。
たとえ見た目に男性が色濃く残っていたとしても、店の『女の子たち』は女の心を持っている、それを押し隠して生きることが出来ず、それを受け入れて貰うこともできないのなら笑いに包んで売りにする他にどう生きれば良いと言うのか。
ハルコは正統派の『美女』、ホルモン投与や手術で女としての容姿が整って来るにつれて店の雰囲気にそぐわなくなり、結局は辞めることになったが、あの店に勤めて良かったと思っている。
性別を間違えて生まれて来てしまった者の悲哀、それはハルコのように羨ましがられる容姿を持っていても避けられない事……心の痛みと向かい合う術を学び、それを跳ね返す力をあの店で学んだ。
新しく勤め始めた店はニューハーフ・クラブ、オカマバーに比べて呼び名が少し現代的になっているが違いはそれだけではない、今度の店は『美女』揃いなのだ。
しっとり系和風、お色気ばっちりなお姉さん風、知的なキャリアウーマン風、イケイケギャル風、ロリータ風味のメイド風……個性は様々だが、誰をとっても言われなければ元は男だったなどとは気付かないし、言われても俄かには信じがたい容姿と雰囲気を持つ者ばかり、性別を間違えて生まれて来てしまった事を笑いに転換する必要はない、むしろ理想化された女らしさが前面に出ているくらいだ。
それでもやはり本物の女でないことに変わりはない、どんなに女らしい振る舞いを研究して身につけ、費用と時間をかけて容姿を整えても、それらにまるで無関心な女性にすら敵わない部分はある、女性として生まれて来れば自然に備わっている生殖機能、つまり子孫を残す能力は後天的には決して手に入らない。
むろん、生まれながらの女性でも子供を産めない人もいることはいる、だが、それは結婚して子供を欲したにもかかわらず授からなかった事で初めて明らかになるのであって、男性から性転換したケースでは最初から子供は望むべくもない、そして、たとえ相手の男がそれを意に介さないとしても、周りの状況がそれを許してくれないことは多々ある。
ケイタの父親は地元で代々土建会社を営む鳶職の親方である、ケイタはその長男であり、工業高校を卒業した後父親の会社に入って五年目、既に現場では指導的な役割も担っている、つまりはバリバリの跡継ぎなのだ。
ハルコはあの晩以来ケイタへの想いを日に日に募らせている。
ケイタがその想いに応えてくれるかどうか、それも未知数だが、仮に応えてくれたとしても、二人には『その先』が見通せない事は明白だ、ならばいっそその想いは胸にしまいこんでしまった方が良い……そう考えて地元には戻らなかったし、帰省すらもしていない。
メールのやり取りだけは細々と続いているが、ケイタからのメールに友情以上のものを感じさせてくれるものはなく、ハルコからも想いを滲ませるようなメールは打っていない、想いを伝えて拒絶されれば辛いし、受け止めてくれたとしてもまた辛いことになるだろうから……。
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ハルコが上京して一年が過ぎようとしている、まだ肌寒さが残る春先。
思わぬ客が店に現われた。
「よう、久しぶり、元気そうだな」
ケイタだった。
一年前、地元のショーパブでケイタを見つけた時は、懐かしくもあり嬉しくもあった。
だが、今、ひょっこり現われたケイタを目の当たりにした時、ハルコは心臓をぎゅっと握られたような感覚を覚えた。
もちろん逢えた事は嬉しい、想い人と久しぶりに向き合ったときめき、それが鼓動を早鐘に変えたのは確かだ。
しかしそれだけではないこともまた確かだった。
決して手を携えてゴールに辿り着けないだろう人との再会、それはハルコを息苦しくさせる、それを避けるために地元には足を向けてさえいなかったのに……。
「いやね、私鉄会社が路線を延ばすとかで大規模な宅地開発プロジェクトを立ち上げてさ、こっちの土建屋だけじゃ間に合わないって言うんでウチにまでお鉢が廻って来たっていうわけなんだ、大体半年はずっとこっちにいることになるよ」
思ってもいなかった展開だ。
何かの用事で上京してひょっこり一晩だけ顔を出してくれる、そんな状況なら一夜限りと覚悟した上で想いに身を任せても良いだろう、だが、半年となると、深入りしすぎないように自分を律しなければならない……。
ケイタもまた微妙な違和感を感じていた。
ショーパブで思いがけずに再会した時は、いかに見た目が女性化していてハルコと名乗っていても、それはハルヒコであり、男の幼馴染だった。
だが、東京で再会したハルコは物腰や雰囲気が変わっていた、もはやハルヒコではなくなっているんだと感じざるを得ないほどに。
そして、ハルコに強く香る『女』を感じて少しドキドキしてしまったのだ。
ケイタに女性経験がないわけではない、今のところ相手はその道のプロばかりではあるものの、筆下ろしは高校時代に済ませたし、稼ぐようになってからはちょくちょくソープにも通っている、それにもかかわらずに。
それに加えて、ハルコのなんとなくそっけない態度……。
最初は東京に染まって田舎者の自分を低く見ているのかと思ったが、時折見せる寂しげな表情を見るとそういうわけでもなさそうだ。
久しぶりの再会は、なんとも気持が弾まないものになった
「また来るよ」
「うん……時々来てね……」
「今日は何の日だか憶えてるか?」
「え?……わからないわ」
うそだった……ハルコにとっても忘れる筈のない日なのだ。
「丁度一年前の今日、あのショーパブで再会したんだよ」
「そうだったんだ……」
わからないと答えた手前しらばっくれたが、ケイタがこの日を憶えていてくれたことに胸が熱くなった……本当は忘れなければいけない人なのに……。
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ケイタは毎週のように通って来てくれた。
ハルコの店はそう安い店ではない、あまり頻繁では申し訳ない気持にもなる。
店外へも誘われた事はある、あくまで幼馴染のハルヒコとしてだが……。
作品名:ハルコ ~1/2の恋~ 作家名:ST