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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅹ

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「心配ご無用です。おそらく任期途中でご昇任なさって、階級的な問題はクリアされるでしょう。むしろ、今の段階で政府要人とのコネクションを作っておけば、後々幕長(幕僚長)レースを優位に展開できて、一石二鳥というもんです」
「私はそんな器ではないよ」
「周囲はそう思っとります」
 白髪交じりの部下は、日垣の目をまっすぐに見据え、きっぱりと言い放った。そして、嬉しげにワイングラスを掲げた。
「まあ確かに、今以上に激務になることは間違いないでしょうから、手放しで喜べないところはありますな」
「平時でも、政治家相手の仕事は、なにかと夜遅くなりがちですしね」
 国会対応を幾度となく経験している内局部員の宮崎が、銀縁眼鏡の下でげんなりと口を曲げた。
「タクシーチケットくらいは支給されると思いますが、それでも家が遠いと辛いですよ」
「家のほうは、来月早々に危機管理専用の指定官舎に移るように言われているよ。今いる官舎もギリギリ二十三区内だから決して遠くはないんだが、指定官舎のほうは勤務地から歩いて十五分ほどの所にあるんだそうだ」
 一同が「おお」と声を上げる。トマトベースの煮込み肉をパクついていた片桐の口も思わず止まった。
「永田町の官舎……。超ご栄転だと官舎も超一等地なんすね。あまり住みたいとは思わないっすけど」
「電車がない時間帯でも呼ばれたらすぐに来い、ってことだもんな」
「連日激務でお一人暮らしでは、ますます大変ですね」
「まあっ、私が毎日ご飯を作りに通いたいですわあ」
 最後に聞こえた言葉に、美紗はビクリと身を震わせた。思わず声の主を凝視する。大須賀は、とろけそうな笑みを浮かべ、はちきれそうな胸の前で手を組んでしなを作っていた。日垣が目をしばたたかせているのが視野に入る。
 どくり、と心臓が激しい音を立てた。アルコールの入った男女の騒がしいやり取りが聞こえるが、何を言っているのかほとんど理解できない。ただ、頭の中いっぱいに奇妙なイメージが駆け巡る。

 また見たことのない、日垣貴仁の部屋。
 まだ見たことのない、休日の彼。
 まだ見たことのない、彼の暮らし。
 そこに入り込む、家族ではない女――。