カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅹ
「いいですよ、小坂3佐」
「へっ?」
「打ち合わせでもランチでも、行きましょーよ」
「ホントっ? やったー!」
小坂は途端にいつものガキ大将のような顔に戻ると、「直轄ジマ」の一同がどよめく中、派手なガッツポーズをした。
「日垣1佐の出席を取り付けたら、ですけどね」
「任せといてえ!」
幹部らしからぬはしゃぎぶりに、近くの総務課と少し離れた会計課から忍び笑いが聞こえてくる。大須賀は、美紗だけに聞こえる声で「マジ小僧じゃん……」と呟くと、忌々しそうに胸を揺らしながら去って行った。
三月中旬に入って間もなく、大須賀の選んだイタリアンレストランで、「直轄ジマ」の送別会が行われた。可憐な草花の寄せ植えで春らしく飾られた店構えに、美紗は見覚えがあった。
ほぼ一年前の春、当時は統合情報局第1部の総務課にいた吉谷綾子に連れられて、この店に来た。その時はパスタ料理を食べながら、「お気に入りの『王子様』だった3等陸佐が転勤してしまった」とふざけ半分に嘆く吉谷の愚痴を聞き、情報局内にいい「王子様」候補はいないのかなどと浮ついた話をした。そして、過去に吉谷の同期が起こしたという不倫事案を聞かされた。
良き友人でありライバルでもあった同期が家庭持ちの幹部自衛官と関係し無様な騒動を経て退職に追い込まれた、と語っていた吉谷の寂しそうな目が思い出される。
『四十代の家庭持ちは、若いのに比べて年の分だけ経験があって当然だし、結婚して子供持って人間的にも修行してる。だからご立派に見えるだけ。そんなのを好きになったって、意味ないじゃない』
メンターでもあった大先輩の忠告に従うことは、結局、できなかった。
意味のない恋をした女の心情が、今はよく分かる。
美紗は、テンション高く上ずった声で喋る大須賀に先導されて店内に入る長身の背広姿を見ながら、唇を引き結んだ。
大丈夫
私は、吉谷さんの同期の人とは違う
絶対に、あの人に迷惑なんてかけない――
作品名:カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅹ 作家名:弦巻 耀