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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅹ

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「ご栄転なんですよね。おめでとうございます」
「だといいいが、たまたま空くところに放り込まれる感じがするよ」
「もうすぐ、……会えなくなりますね。今まで、一緒にいてくださって、ありがとうございました……」
 美紗は、窓の外に視線を向けたまま、伝えるべき言葉を押し出した。精一杯に笑顔を作ろうとしても、目に溜まっていた涙がぽろぽろと零れ落ちる。泣き顔を見せたくなくて部屋の照明を落としていたが、潤む声はどうにもならない。
 日垣は小刻みに震える華奢な姿を愛おしそうに見つめた。そしてクスリと笑った。
「前言撤回だな。情報不足のまま結論を出すようでは話にならない」
 大きく見開かれた涙目を、切れ長の目がいたずらっぽく見つめ返した。
「私のところに来ているのは、内閣官房への出向話だ。安全保障関係のセクションに入ることになるらしい」
「内閣……?」
「このまま話が進めば、春からの私の任地は永田町だ。市ヶ谷からは地下鉄で二駅かな」
 日垣はまた小さく笑い、濡れた頬にそっと触れた。大きな手に引き寄せられるままに、美紗は日垣の胸に顔を埋めた。
「もしかして、それが私をここに呼び出した理由?」
 逞しい腕の中で、再び泣き出した顔が小さく頷く。
「驚いたよ。君のほうからメールを寄こしてくるのも珍しいと思ったが、見たらいきなりこの部屋の番号が書いてあるから」
「ごめんなさい……」
 微かに嗚咽をもらした美紗の身体を、日垣は強く抱きしめた。そして、震える髪を静かに撫でた。
「初めてあの店に行った時も、こんなふうに泣いていたね」
 美紗は目を瞑り、包み込まれる感触に身を委ねた。一年半ほど前のことが、遠い昔の出来事のように感じられる。自分と秘密を共有することになった上官に、やがて焦がれる想いを抱くことになろうとは、思ってもみなかった。遠い街に家族を置いて独り東京で暮らす彼と、夜を共に過ごすことになろうとは、想像もしていなかった――。