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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅹ

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「やれるかどうか悩む前に、やりたいかどうかを考えて。興味あるオファーが来たら、遠慮なくさっと受ける。ポストが空く気配がないか、事前に探るのも大事。せっかく人間関係が出来てるなら、自分の意欲をさりげなく伝えていかなきゃ」
「そう、……ですね」
「のんびり待ちの姿勢でいたら、別の人間に出し抜かれちゃうよ。事業企画課の八嶋さんとか、いかにも虎視眈々と狙ってそうじゃない」
 言われて初めて、美紗はこの数か月ほど八嶋香織の存在をすっかり忘れていたことに気付いた。直轄チームと渉外班の事務官同士を入れ替える話が立ち消えになってから、八嶋とは言葉を交わしていない。日垣に涙の抗議をしていた八嶋にその後目立った言動は見られないが、彼女が密かにリベンジの機会をうかがっていることは容易に想像できる。

「そうだ美紗ちゃん。今せっかく直轄チームにいるんだから、日垣1佐にさりげなーく人事の希望を伝えてみたら? 彼は広い人脈を持ってるから、情報局に限らず、いろんな人事情報を持ってると思うのよね。美紗ちゃんの希望するポストに空きがでそうだったら、そこに押してくれるかもしれないし」
「そんなこと……」
 美紗は露骨に顔をしかめた。八嶋香織と同じことをして、あの人を煩わせたくはない。
「やることちゃんとやってきた人がちょっと自分の希望を言うくらい、別にいいんじゃない? そういうの、私はズルだとは思わないな。上司の側だって、自分が高く評価してる部下の希望は出来るだけ聞いてやりたいと思うものじゃないかしら」
「それだと、評価されてないのに希望なんか言ったら、……ものすごく気まずいことにならないですか?」
 気の弱い後輩の素朴な疑問に、吉谷は苦笑いして肩をすくめた。
「まあ、人によってはヤブヘビな展開になっちゃうこともあるかもね。でも、美紗ちゃんは大丈夫じゃない? 直轄チームでちゃんと生き残ってるんだから。日垣1佐は、優しそうに見えるけど仕事には厳しいし、結構ドライよ。ダメだと思ったら相手が誰でも関係なく飛ばしちゃうもん」
 さらりと恐ろしげなことを言った吉谷は、残り少なくなったコーヒーを一口飲んで、美紗の方に顔を寄せた。
「ここだけの話だけど、話を入れるなら今のうちよ。日垣1佐、たぶんこの春で異動だから」