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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅹ

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第九章:アイスブレーカーの行方(1)-遠いメンター



 食堂や売店が入る棟の休憩スペースで、美紗は独り、長椅子に座って人の往来を見るともなく眺めていた。出来合いの弁当を買いに来たものの、気分がすぐれず、何も食べる気になれない。
 一月下旬の厳しい寒さがその原因でないことは分かっていた。通販で買った避妊薬を四、五日前に飲み始めて以来、身体がひどく重く、常に嘔吐感がある。サイトに掲載されていた商品説明には、「服用を開始して一、二か月は軽い副作用が出ることがある」とあったが、症状がこれほど顕著だとは思わなかった。
 薬を飲むことに抵抗がないわけではなかった。しかし、万が一の事態を確実に避けるためには、他の選択肢はないように思われた。
 共通の未来はないと初めから分かっていて、あの人を求めた。身勝手な自分を受け入れてくれたあの人に、決して迷惑はかけられない。だからといって、身勝手な行為のために別の命を犠牲にするような真似は絶対にしたくなかった。存在を望まれない悲しみは、自分自身がよく知っているから……。

「あ、美紗ちゃん、お久しぶり」
 メンターと慕っていたはずの女の声に、美紗はギクリと身体を強張らせた。軽快な靴音を立てて近づいてきた吉谷綾子は、ブランド物の色鮮やかなスカーフで首元を飾っていた。以前と変わらない華やかな笑顔が、美紗には痛いほど眩しく感じた。
「これからご飯? 良かったら一緒に食べない?」
「はい。あ、でも、……今日は、早めに戻らないといけなくて……」
 とっさに嘘をついた美紗は、思わず吉谷から視線をそらした。日垣が「情報のプロ」と評する大先輩は、腰をかがめ、心配げに美紗を覗き込んだ。
「そっか。……少し、お疲れ気味じゃない? 具合悪いの?」
「最近、ちょっと食欲が無くて」
「オーバーワークになってない? あのイガグリ、そういうトコちゃんと管理してくれてんのかしらね」
 吉谷はふざけ半分に美紗の管理者の悪口を並べると、「軽いものならどう?」と食堂の近くにある喫茶店を指さした。
 セルフサービスの小さな喫茶店は軽食しか扱っていないせいか、客の大半は女性職員だった。隅の席を素早く確保した吉谷は、周囲をきょろきょろと見回した。