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【終】残念王子と闇のマル

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歯車


麻流の手術は、20時間に及んだ。

「…で、麻流様の状態は…。」

広間には、おとぎの国のダナンとカレン、花の都の王族と重鎮が集まって、紗那と馨瑠を見つめる。

「左胸に刺さった短刀は、肺にまで到達していました。」

馨瑠の言葉に、皆が息をのんだ。

「肺の一部を切除し、溜まっていた血液などは取り除きましたが、予後はなんとも言えません。」

紗那が青い顔で、カレンを見る。

カレンは頬を歪めると、頭を抱え込み声をふるわせた。

「僕の…せいで…!」

「今そんなことを言っても、何にも変わらねぇ。」

低く冷たい声が響き、広間の空気が凍りつく。

「責任を追及し始めたら、色んな奴が負わなきゃなんなくなんだろ。」

確かに、空の言う通りだ。

賓客の荷物チェックから警備まで…多くの騎士や忍が関わり、それを統括していた太陽まで責任を追及することになる。

「たしかにきっかけはカレンだろうけど、誰だって生きてりゃ恨みを買うことあんだろ。…ていうか、割合としては麻流のほうが買ってる恨みは多い。だから、今回も不幸な事故なんだよ。」

冷ややかな声色に反して優しさに満ちた空の言葉に、カレンとダナンが歯を食いしばり目を潤ませた。

「とにかく、今は麻流が助かるかどうか、だ。じゃなきゃ色んなことの目処が立たない。」

楓月が言うと、広間の全員が頷く。

「とりあえず、紗那と馨瑠は休める時に休んで。麻流の看護は皆で交代でして、異変があった時に紗那達をすぐに呼びに行く。…こうしましょう?」

聖華の提案に、全員が手を挙げて賛同した。

「長丁場になるかもしれません。」

馨瑠の言葉は、その後現実となる。

季節は移ろい、暑い陽射しが寝室に射し込んだ。

「朝から暑いね~。」

カレンはレースのカーテンを閉めながら、麻流に優しく話しかける。

「アイスが食べたくなるよね♡」

けれど、麻流は眠ったままだ。

「シンは朝練の時、星一族の調教師さんから褒められてたよ~。使役馬の素質が高い!って♪さっすが星の子。」

カレンはニコニコと笑いながら、麻流の枕元でフレーバーティーを淹れる。

「今日はね、麻流がよく淹れてくれてたカモミールティーだよ♡」

カップに注ぐとふーふーと息を吹きかけて冷まし、ひと口含んで温度を確かめた。

「ん、温度はちょうどいい。…でも、麻流が淹れてくれてたのと、やっぱりなんか違うなぁ…。」

言いながらもうひと口含むと、麻流の酸素マスクを外して口付ける。

「どう?少しは上手になってきた?」

口の端からこぼれたカモミールティーを、カレンは丁寧に拭うと再び酸素マスクを麻流につけた。

「麻流。」

カレンは少し伸びた麻流の前髪を、そっと整えてやる。

「髪の毛、ちょっと伸びたね。また切ってもらおうね。」

そしてやわらかく微笑むと、麻流の体を抱きしめた。

「今日も、生きててくれてありがとう。」

カレンはていねいに麻流に布団をかけ直してやると、立ち上がる。

「じゃ、仕事に行ってきます♡また夕方ね。」

カレンは冠をつけるとマントを羽織り、私室を出た。

そこに、理巧が現れる。

「義兄上。」

カレンは理巧をチラリと見たけれど、無視して身を翻した。

「義兄上。」

もう一度、理巧が声をかけながら、肩を並べてくる。

カレンは目の端に理巧をとらえると、小さく息を吐いた。

「…誰が何と言おうと、僕は帰らないよ。」

ようやくカレンが口を開く。

けれどその声色はかたく、理巧を見ずに紡がれた。

「一週間程度です。」

「僕が帰ってる間に、もし麻流が目覚めたら…また置いて行かれたって傷つくじゃん。」

「私が説明します。」

「嫌だ。」

「しかし」

「だって、戴冠したら、こっちに長く滞在できなくなるじゃないか!」

ようやく、カレンが理巧をふり返る。

「…あなたは国王にならないといけないんです。国を導く立場にあるのに、いつまで甘えてるんですか。」

理巧の厳しい言葉で、カレンの瞳に悲しみが溢れた。

「僕は、このままでいいんだ!麻流がいなきゃ国王にだってならない!…そうでなくちゃ、麻流が還ってきてくれないだろ!?」

険しい表情の中で、エメラルドグリーンの瞳が潤む。

理巧はカレンから視線を逸らすと、小さく息を吐いた。

「国王になられてもこちらで月の半分は滞在して公務をして良い、とダナン様が。」

言いながら理巧が差し出した手紙を、カレンは受け取る。

「譲位すると発表した手前、これ以上予定を遅らせることはおとぎの国の対外的な信用を失くすことになります。」

冷静な理巧の言葉に、カレンは反論できなかった。

「あなたは、国民も姉上も必ず守ると誓ったじゃないですか。あれは嘘だったんですか。」

17歳に戒められ、カレンはばつが悪そうに項垂れる。

「姉上が、がっかりしますよ。」

理巧はカレンに渡した手紙を、もう一度手に取った。

「さすがにこのままじゃ、愛想つかされるかも。」

開封した手紙を再びカレンに渡すと、理巧は姿を消す。

「…え?」

思いがけない最後の言葉に、カレンは手紙を見た。

そして目を通しながら、カレンは床に膝をつく。

身体中がふるえ、嗚咽がこみあげる。

「…うん…うん…麻流…。」

カレンは壁にもたれかかり、手紙をぎゅっと抱きしめた。

涙を拭いながら、天井を仰ぐ。

「麻流。ちゃんと頑張るから、早くそこから現れてよ。」

カレンは口をへの字に引き結ぶと、意を決したように立ち上がった。



それから一週間後、カレンはおとぎの国で戴冠式を迎えた。

この戴冠式と同時に、隣国の雪の国がおとぎの国へ併合され、その併合式も執り行われる。

あの婚約披露パーティーでの事件後、国際裁判で雪の国の王は王位剥奪、王族は永久国外追放、白雪姫は終身幽閉となった。

事実上、雪の国は滅亡となり、国際会議の結果、隣国で国土を分割し併合すると決定した。

けれど分割によって国民に色んな弊害が起きるため、国民からの反発が凄まじく、国民投票が行われることになり、それまでは共同統治となっていた。

その投票の結果、おとぎの国への併合が決まり、再び国際会議でそれが承認され、ようやくカレンの戴冠と併せて執り行うことになった。

戴冠したカレンは、雪の国の併合もあり、国政が安定するまで花の都へ帰らなかった。

「この国は、今まで産業や特産物がなく、皆に豊かな暮らしを送らせることができなかった。だが、私は王妃との旅のお陰で、ひとつのヒントを得た。皆にそれを許してもらえ、協力してもらえるのであれば、必ずそれに酬いる結果をもたらすと約束しよう。…皆、協力してくれるか?」

カレンが呼びかけると、演説に集まっていた国民から大きな歓声と拍手がまきおこる。

「カレン王に、我らはついていきます!」

「ひとりの女性を愛し抜くあなたなら、信じられる!」

「できることなら何でも致します!」

色んな声に、カレンは華やかな笑顔を返した。

「王妃麻流が戻ってきた時に、皆で驚かそう!」

カレンの力強い言葉に、国民の歓声があがる。

それから、カレンは改革に全力を尽くした。