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【終】残念王子と闇のマル

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暗殺


カレンと白雪姫がホールの端でワルツに合わせて踊り始めると、賓客の注目が一斉に集まった。

そのすぐ傍で、美しい忍姉弟も踊っていることで、皆の興味を更にひく。

ホールの中央でも楓月とオーロラ姫が踊っており、注目を二分していた。

「マル様を差し置いてシラユキ姫と踊られるなんて…」

「やはりカレン王子は遊び人のまま?」

「いや、ご婚約者殿がいる王子と踊るシラユキ姫のほうが、はしたない。」

「うむ。女性に誘われれば、恥をかかせないよう受けるのが礼儀だ。」

「先ほど見ていたが、シラユキ姫がカレン王子を強引に誘っていた。」

「主役のマル王女をないがしろにするなど…雪の国は何を考えているのか?」

いろんな噂を聞こえよがしにされているにも関わらず、白雪姫はそれに動じることなく可憐な笑顔を向ける。

輝く長めの金髪が光を纏う美しいカレンと、艶やかで豊かな黒髪を大きな巻き毛にした愛らしい白雪姫が見つめ合いながら踊る様は、口さがなく噂をしていた賓客達からもいつしか言葉を奪っていった。

「カレン様。キース様の行方をご存知ありません?」

皆がうっとりと注目する中、これ見よがしに白雪姫がカレンに体を寄せると、カレンが冷ややかな笑みを浮かべる。

「なぜ僕が?」

密かに交わされる言葉は殺伐としているのに、互いの表情は柔和で美しかった。

カレンがまっすぐに白雪姫を見下ろすと、白雪姫の頬が微かに染まり、いまだ白雪姫は美しいおとぎの国の王子に惹かれているのではないかとさえ見える。

「あなたと会った後から、様子がおかしくなって…。リクを借りると言って出かけて行ったのが最後でしたので。」

一見仲睦まじく見えるその様子に、思わず心配になった麻流は、理巧越しに二人を見つめた。

そんな麻流の視線を目の端で感じつつ、カレンは白雪姫から視線を外さず、優雅に微笑む。

「へぇ?」

白雪姫は久々に至近距離で見るカレンに、どんどん頬を赤く染めていき、遂に目を逸らした。

「少しして、リクだけ戻ってきました。ちょうど護衛の契約が切れる時期だったので更新を申し出たのですが既に別の任務が入っているからと断られて、リクともそれ以来会えず…その後いくら経ってもキース様が戻って来られないので、小人達と探しているのです。」

白雪姫が潤んだ黒い瞳で、カレンを見上げてくる。

「あなたと…そこの忍を酷く憎んでいらしたので…キース様はあなた方の後を追われたのではないかと思って調べていたら、小人達がある森の中の湖で、あなた方を見かけたという情報を鳥たちから得てきましたの。」

その瞬間、カレンの動きが止まった。

隠しきれない動揺が溢れだし、白雪姫の表情が冷ややかなものへと変わる。

「それから周辺を調べていたら小屋があり、そこに住んでいた鼠達からキース様とあなたと」

そこまで言うと、白雪姫は麻流と理巧をふり返った。

「そこの忍たちが来た、と。」

カレンが麻流を見ると、ちょうど麻流と視線が交わる。

(…守らなきゃ。)

会話の内容がわからないながらも心配そうにこちらを見る麻流に、カレンはやわらかな笑みを返し、強くそう思った。

そして気持ちを切り替えて白雪姫へ向き合うと、再び優雅に微笑む。

「それで?」

不敵な表情のカレンに、白雪姫の表情が初めて強ばった。

「…あなた方がしたことを公表されたくなければ、今すぐ婚約を破棄して、私と結婚してください。」

ようやく白雪姫の目的がわかったけれど、カレンはその意外な内容にきょとんとする。

「この私を遊びで終わらせるなんて、許せない。しかももっと大国の美しい姫ならともかく、こんな僻地の小国の…娼婦まがいのことをしていた汚い忍に負けるなんて…。」

白雪姫の言葉と同時に、ワルツが終わった。

カレンはすっと白雪姫から離れると、儀礼的なお辞儀をする。

そしてそのまま無言で立ち去るカレンの翻ったマントを、白雪姫が掴んだ。

「カレン様!私の体を弄んだ責任を取って!」

静まり返るホールに響いた白雪姫の声に、賓客達が驚く。

「シラユキ姫は、かつての遊び相手だったのか…。」

「哀れだが、よく恥もなくあのようなことを口にする。」

「このような場にのこのこと出て来るなど…どういう了見なのだ。」

「世界中に恥を晒して、何が目的かしら?」

「あんな可憐な姫を弄ぶなんて、カレン王子も酷いな。」

「こんなことになって、花の都はそれでも王女をおとぎの国に渡すんだろうか?」

好奇の視線が集中する中、カレンはゆっくりと白雪姫をふり返り、まっすぐに見据える。

「カレン…。」

麻流が近寄ろうとするのを、カレンがマントを翻して遮った。

「シラユキ姫。」

低い声で静かに名前を呼ぶと、カレンは優雅な所作で深々と頭を下げる。

「本当に、申し訳ない。」

真っ直ぐな謝罪の言葉を口にしたカレンに、一瞬ざわめきが起こった。

「あなたには、どれだけ詫びても許してもらえないのはわかっています。でも僕は、僕の外見や身分だけで好きになる女性を、愛することができないのです。」

カレンは顔を上げると、膝をついて白雪姫を見上げる。

「僕のダメなところも情けないところもきちんと見てくれて、叱ってくれ、励ましてくれるマルに出会って、本当の愛を知りました。…もう、マルとしか生きていけない。」

カレンの一途な言葉に、麻流も賓客達も胸を打たれた。

けれど、白雪姫はその頬を歪めると、カレンを見下ろす。

「キース様のこと、公表したら本当の意味で生きていけなくなりますよ?」

その言葉に、カレンの瞳から一気に温度が失われた。

会場すべての人が息をのむほどの殺気を纏ったカレンが、白雪姫を鋭く見つめながら立ち上がる。

「好きにすればいい。」

カレンは少し首を傾けると、身を屈めて白雪姫を間近で見つめた。

「根も葉もない噂を立てるのであれば、こちらも名誉毀損で国際裁判にかける。」

「根も葉もない噂!?こちらには証人が」

「鼠や鳥が、何の証明をするんです?」

厳しい声色で白雪姫の言葉を鋭く遮ったカレンは、身を翻して白雪姫に背を向ける。

「これ以上、この席を壊すのはやめてください。」

そう言い残して、カレンは麻流のところへ戻った。

「カレン様!」

その後を、白雪姫がなおも追いかけてきた。

それを無視して雛壇に戻ろうとするカレンに肩を抱かれた麻流は、不穏な気配にふり返る。

すると、白雪姫の胸元に不自然に光るものが見えた。

カレンの肩越しにそれを刃の切っ先だと認識した麻流は、カレンを庇うように白雪姫の前に飛び出す。

本来の麻流ならば確実にその危機を避けることができたのだけれど、今日は慣れないヒールの靴を履いていた。

それが、仇となる。

忍の動きをした瞬間、バランスを崩し前につんのめった。

「姉上!」

理巧が手を伸ばしたけれど、その手は空を切る。

白雪姫を抱き留める形になった麻流の左胸に、白雪姫の持つ短刀が深く突き刺さった。

「…!」

カレンがふり返るのと同時に、麻流は白雪姫をカレンのところへ行かせまいと、きつく抱きしめながら崩れ落ちる。