【終】残念王子と闇のマル
幸福の絶頂
雲ひとつなく晴れた青い空を見上げ、カレンは大きな深呼吸をする。
バルコニーからは遠くに城下町が見え、色とりどりの花が咲く木々が整然と立ち並んでいた。
「ほんとに綺麗な国だなぁ。」
カレンの小さな呟きは、澄んだ空気に融けていく。
昨日の戴冠式での華やかで威厳あふれる義兄の姿を思い出し、カレンが目を細めた瞬間。
「姉上、ととのいました。」
突然、音もなく理巧が現れた。
でもそんな登場にもすっかり慣れたカレンは、花が咲くように笑う。
「あは！理巧の王子姿、久しぶり♡」
香りの都以来の理巧の正装に、カレンは目を細めた。
理巧はカレンを無表情で見つめると、優雅に跪く。
「義兄上(あにうえ)。」
思いがけない呼ばれ方に、カレンは驚いて理巧を見下ろした。
「我が姉上と星一族を、お願い致します。」
切れ長の黒水晶の瞳で真っ直ぐに見つめられたカレンは、床に膝をつきながら理巧を見つめ返す。
少しの間見つめ合った後、カレンは拳を胸に当て、大きく頷いた。
「必ず幸せにする。」
理巧は嬉しそうに瞳を三日月にすると、深く頭を下げる。
そして、お互いに微笑み合い、同時に立ち上がった。
「ついに、正式に婚約だなぁ～。」
いつもの調子に戻ったカレンが、エメラルドグリーンのマントを翻す。
「おめでとうございます。」
理巧も微笑みながら白金のマントを翻して、パレードの馬車へ向かった。
「おー！カレン！！」
馬車の前に着くと、楓月の明るい声に迎えられる。
「めっちゃ王子サマじゃん！」
相変わらずの軽い調子に、カレンがカラカラ笑った。
「そういう義兄上はすっかり王サマじゃないですか！」
赤い宝石が散りばめられた白金の王冠をつけ朱金色のマントを纏った楓月と、大きなエメラルドをあしらった黄金の冠をつけエメラルドのマントを風になびかせるカレンが並ぶ光景は、誰もがうっとりするほど美しい。
「そりゃ本物の王サマだかんなー♪」
「それ言うなら、僕だって本物の王子サマですもん♪」
そう言い合って豪快に笑い合う楓月とカレンからは、威厳も何も感じられない。
そんな次代の国王達に、理巧が大きなため息を吐いた。
「姉上は。」
二人から目を逸らした理巧が、銀河に訊ねる。
すると太陽が、顔を輝かせて指差した。
「きた！」
その声に、皆が一斉にそちらを注目する。
「っ！」
今まで楓月とじゃれあっていたカレンが、息をのむ音が聞こえた。
視線の先には、銀色のドレスに銀の冠をつけた黒髪の姫が見える。
左右には紗那と馨瑠がいるけれど、ひときわ小柄なその姫を皆、無言で見つめた。
銀色のドレスに散りばめられた宝石と、銀糸で模様のように刺繍されたおとぎの国の紋章が陽の光に煌めいて、見る者の心を奪うほど美しい。
このドレスは、カレンがかつて麻流の為に作らせたもので、国を出る時に持って来ていたものだ。
何度も袖を通す機会を逃し、このドレスを身に着けた麻流を一度も見ることができないかもしれない、と諦めていたカレンは、ようやくその想いが叶い、思わず涙ぐむ。
幼い頃から修行にのめりこみ、13歳で一人前の忍になった麻流は、実は王女の装いや化粧を一度もしたことがない。
王女としての所作や帝王学などは一通り身につけているものの、慣れないヒールの靴やドレスに、こちらへ歩いてくる麻流の動きはいつになくぎこちなかった。
両親や叔父達、兄妹たちも、初めて見るそんな麻流の姿をただ無言で、感慨深く見つめる。
カレンは喜びと幸福感で胸がいっぱいになり、溢れる想いに突き動かされるように麻流に駆け寄った。
そして、その小柄な体を軽々と抱き上げる。
「マル！」
カレンは麻流の後頭部を引き寄せると、その頬に口づけを落とした。
「ドレス、着てくれてありがとう！すっごく…すっごく似合ってる♡」
潤んだエメラルドグリーンを半月にして、白い頬を桃色に染めながら褒めてくれるカレンに、麻流の頬は一気にリンゴ色になる。
「マル…かわいい…♡」
とろけるような表情で呟きそのまま唇へ口づけようとしたカレンの襟首を、馨瑠がグッと掴んだ。
「はい、お化粧が落ちるから自制しましょーね。」
「続きは夜にお願いしまぁす♡」
紗那の言葉に、麻流の肌が真っ赤に染まる。
そんな麻流とは対照的に、カレンは煽られるように妖艶な笑顔を浮かべた。
「楽しみ♡」
その瞬間、麻流はカレンを直視できなくなり顔を大きく逸らす。
それを見ていた皆が一斉に笑う中、カレンも一緒に笑いながら、麻流を抱いたままパレード用の天井のない馬車へ乗り込んだ。
パレードは、四台の馬車に分乗して行われる。
先頭の馬車には楓月王と聖華１世に夫君の空王子、二台目の馬車には麻流王女とカレン王子、三台目には理巧王子と紗那王女・馨瑠王女、四台目には太陽将軍に抱かれた至恩王子と大宰相の銀河王子に抱かれた偉織王子。
世の中のすべての宝石を集めたような美しい王一族に、沿道の国民たちは歓喜した。
晴れた青い空に白い花火が上がる中、色とりどりの花びらや紙吹雪、シャボン玉が飛び交い、白い鳩が舞い踊る。
護衛にあたる星一族はいつものように陰に潜まず、真新しい近衛隊の制服に身を包み、堂々と馬車を囲んでいた。
その表情は晴れやかで、誰もが忍とは思わないだろう。
夢の世界のように華やかなパレードは、暗くなるまで続いた。
「麻流、慣れない靴で足痛いでしょ？僕が会場まで抱いて行ってあげるよ。」
馬車から降りる時、カレンが手を差しのべながら頬笑む。
麻流は少し躊躇ったけれど、それに甘えることにした。
「お願いします。」
珍しく素直に甘えてきた麻流に、カレンは一瞬驚いた表情をし、その後嬉しそうに頷く。
今夜開かれる麻流たちの婚約披露パーティーの会場には、各国の王族が続々と集まってきていた。
初お披露目となる麻流や理巧の噂話で、会場は賑わっている。
そこにシャンパンが配られ始めると、いよいよ王族の登場の期待が高まり、一層盛り上がった。
「本日は、おとぎの国王子カレンと花の都王女麻流の婚約披露パーティーにお集まりくださり、誠にありがとうございます。」
銀河の挨拶が始まると、盛り上がっていた会場が瞬時に静まり返る。
「只今より、両国王族が入場致します。」
銀河の言葉を合図に、高らかにラッパが鳴り響いた。
それと同時に会場中央の扉が開く。
広いホールを縦に割るように敷かれた赤いカーペットに、光の中から二人の影が足を踏み出した。
すらりと背の高い金髪の王子にエスコートされながら現れた黒髪の王女の姿に、一斉にどよめきが起こる。
「なんて小さい…！」
華奢で小柄な、まるで人形のように可愛らしい麻流に、賓客達は驚き歓声をあげた。
「こんなに小柄で愛らしい王女様が、稀代の最上忍と言われているだなんて…。」
「なんて美しい王子様と王女様なの。」
色んな声が聞こえる中、麻流は慣れない状況にいささか緊張しながらも、やはり王女らしく優雅な立ち居振舞いで用意された雛壇まで歩く。
そんな二人の数歩後ろから、ダナンと楓月が続いた。
作品名：【終】残念王子と闇のマル 作家名：しずか