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永遠を繋ぐ

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 藤崎がいつものように、店の女の子に謎かけを行っていた。それを横で聞いていたのが日向だったのだが、彼はまったく関心のないような素振りだったので、藤崎も意識していなかった。
 もっとも、隣で意識されていたのが分かっているのであれば、最初から謎かけなどしようはずもなかった。謎かけをするのは決して勢いからではなく、その場の雰囲気を考えた上でのことだった。普段から勢いで話をすることの多い藤崎だったが、スナック「コスモス」では慎重に言葉を選んでいた。それだけ、自分の中の隠れ家のような場所を失いたくないと店の常連になった頃から考えていたのだ。
 日向という男性は、会社では第一線から、指導職への転換期に当たっていた。
 第一線で仕事をしていた時は、それなりにやりがいを持って仕事に当たっていたが、自分が指導する立場になると、かなりの戸惑いを感じていた。
「じれったい」
 その言葉が一番似合っている。
 今まではやればやるほどに成果が出ていたのだが、それは自分のやり方を信じることで力が発揮できたからだ。しかし、人にやらせるということは、自分への信頼を人に向けることであり、しかも、相手にやる気を起こさせるように仕向けなければならない。しかも、成果が上がらなければ自分の責任になる。それでも成果が上がれば自分の手柄でもある。しかし、それがどういうことなのか、日向には分かっていた。
「仕事を実際にしたのは俺なのに、どうして上司の手柄になるんだ?」
 という思いを、自分が第一線にいる頃に感じていた。
 それでも、やっただけの成果が出ることが嬉しくて、上司への不満は二の次だったので、表には出てこなかったが、自分が逆の立場になると、
「絶対に部下連中は、俺に対しての妬みを感じるに違いない」
 と思っていた。
 理由は、
――俺は彼らとは違う――
 という思いが強いからで、それは部下に限らずまわりの人間に対して絶えず考えていることで、そのせいもあってか、日向は自分がどこか嫉妬深い人間であるということを自覚するようになっていたのだ。
 そんな第一線の時代も二十代までだった。毎日が結構楽しくて仕方がなく、
「この仕事は俺の天職だ」
 というくらいにまで感じていた。
 しかし、実際に第一線から離れていくことは最初から分かっていたことで、なるべく二十代はそんなことは考えないようにしてきた。下手に考えてしまうと、悪いことばかりを考えてしまうようになることが分かっていた。
 日向という男性は、いいことを考えると、とことんいい方に考え、悪いことを考え始めると、とことん奈落の底に落ち込んでしまうような性格だったのだ。
 もちろん、自分では決していい性格だとは思っていない。
――損をする性格だ――
 と思っていた。
 今まで第一線にいた頃は、それがいい方に展開してくれて、悪くなる要素はまったく感じさせなかったが、第一線から離れるということが確定しているだけに、その時期が近づいてくると、嫌でも考えないわけにはいかなかった。それが、彼のネガティブな一面であり、いきなり直面すると、悪い性格である、
「とことん奈落の底に落ち込んでしまう」
 という面が表に出てくるに違いないのだ。
「このままならまずいな」
 そう感じた日向が考えたのは、
「仕事のことばかり考えているからいけないんだ。何か趣味を持つとか、馴染みの店を見つけて楽しみを増やさないと、ロクなことにならないだろう」
 という危惧を持っていたからだ。
 彼が前もってそう思うようになったのは、彼がそれだけ小心者だということではないだろうか。
「好事魔多し」
 ということわざが、子供の頃から気になっていた。
「いいことは、永遠に続くはずはないんだ」
 という思いは、逆に
「悪いこともいつかは抜けてくれる」
 という思いに繋がってくる。どちらを選ぶかと言われれば、悪いことが永遠に繋がらないことの方が重要だと思えた。
 それを自分では、
「慎重な性格だ」
 と思っていたが、それよりも、ネガティブな面が見え隠れしていることを意識しないようにしていたのだ。
 だが、ある意味では慎重であると言える。その証拠に日向のことを、
「慎重なタイプなんだわ」
 と思っている人が多いのも事実だ。特に同僚にそう思われているようで、会社で孤立しないのは、きっとそう思われているからに違いない。
 スナック「コスモス」の女の子も、半分は日向のことを慎重な人だと思っているようだ。口には出さないが、密かに思いを寄せている女性がいるのを藤崎には分かっていた。話をしている時、二人とも表情が明らかに違っている。そんな二人を藤崎はほのぼのした気持ちで見ていたのだ。
 スナック「コスモス」は、謎の多い客が結構集まってくるようだ。藤崎をはじめとして、日向にもどこか謎の部分があった。もっとも、誰にでも一つや二つは人に秘密にしておきたい部分はあるものだが、藤崎のように、何をして生計を立てているのか分からないというような謎を日向も持っていた。
 日向は会社や仕事の話をすることはあるが、自分のプライベートに関しての話は一切することはなかった。さすがに気になった女の子が聞いてみたが、
「この人ならと思うような人にでなければ話したくないんだよ」
 という返事が返ってきた。そう言われてしまえば、誰もそれ以上追及することはできない。日向の本心は分からないが、この返事のおかげで、誰からも追及されなくなったということは、その時の最良の返事だったと言えるのではないだろうか。
 藤崎が店の女の子に、
「俺は、永遠の命を繋いでいる人がいるという話を信じられるんだ」
 という謎かけをした時、日向も店にいた。
 藤崎が今まで店の女の子に謎かけをする時、日向がいたことはなかった。日向がいない時を狙って話をするのはわざとであり、特に日向を意識していたからに他ならない。
 その話を聞いていた日向は、聞き耳を立てていた。聞いていないふりをしながら聞き耳を立てている人を感じるのは、藤崎にとって苦になることではなかった。
――日向さんの耳が微妙に動いたように感じたのは、気のせいだろうか?
 いや、気のせいではなかった。藤崎は無意識に気になる人を横目で見ることがあったが、普段なら横目で見る程度なら、相手がどんな表情をしたのか感じることは難しい。
 しかし、よほど気になっている人が相手であれば、横目で見ている時、ハッキリと見えているような気がしてきた。
――想像に違いないんだろうけど――
 と思いながら、瞳を流した瞬間に、ハッキリと見えてくる。
 ただ、それも一瞬のことであり、
――瞼の裏に焼き付いた光景――
 一瞬見ただけのことが、そんなに瞼の裏に焼き付くことはないはずなのに、それが焼き付いているということは、本当に想像だけのことに違いないのだろう。
 その時の日向の表情には、不敵な笑みが浮かんだような気がした。
「そんな話は、もっと昔から、俺は考えていたさ」
 と言いたげに見えた。
 藤崎はひょっとして、女の子に話をしたつもりで、本当は最初から日向に聞かせたいと思っていたかも知れないと感じた。そして、その時の日向のリアクションにしても、想像がついたような気がしたのだ。
作品名:永遠を繋ぐ 作家名:森本晃次