赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 66~70
たまの鼻汁を、清子がハンカチで丁寧にぬぐう。
熱もすこしあるようだ。
猫の平熱は、人間よりすこし高い。平均して37,5~39度の前半といわれている。
これ以上高くなった場合、発熱していると考えられる。
「有った!」
恭子が突然、大きな声をあげた。
目印のオレンジ色のテープが、ハイマツの枝に揺れている。
「偉いぞ、たま。お前のおかげで尾根の登山道まで、戻って来ることがで
きた。
問題はここからだ。
右へ行くか。左へ行くか。いずれにしても選択は2つに1つ。
風邪をひいたたまの鼻は、もう当てにできない。
どうする清子。女の直感に賭けてみようか」
右へ行くか、左へ行くか、それを女の直感で決めるという。
ずいぶん乱暴な選択だ。
しかし躊躇することは出来ない。頭上はすでに深夜のように暗さになっている。
猶予はできない。雷は、閃光のすぐ直後に鳴るようになってきた。
『下ろしてくれよ』
涙目のたまが、恭子を見上げる。
『下ろす?。何考えてるの、たま。あんた今。風邪をひいているんだよ。
わたしの懐から出たら、それこそ風邪がひどくなるだけじゃないのさ!』
飛びだそうとするたまの頭を、恭子があわてて押さえる。
『下ろしてくれよう。
いつまでも10代目の懐に居たんじゃ、ピーナツの匂いが分からねぇ。
地面におりれば、ピーナツの匂いが分かるかもしれねぇ。
そういうわけだ。
ピンチだけど男には、どうしてもやらなきゃならねぇときがある。
それが今だ。
下ろしてくれ。おいらがなんとかする』
『何言ってんのさ、このバカ猫。
これ以上、風邪をこじらせたらどうすんの!。
だけど・・・あんたの言う事にも一理ある。
清子。あんたも態勢を低くしな。
2人でたまの風よけになって、この子の嗅覚に賭けようじゃないか』
恭子が懐からたまを取り出す。冷たい地面へそっとおろす。
ヒュウウ・・・突風が、また吹いてきた。
たまの小さな身体が、ふわりと揺れる。
『負けてたまるか』かろうじて踏みとどまったたまが、風上に向かって
顔をあげる。
(69)へつづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 66~70 作家名:落合順平