リードオフ・ガール 2
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春の県大会を前に、サンダースの面々はそれぞれ課題を持って冬を越し、一回り逞しくなった。
だが一番の懸案だった良輝のスタミナ、そこに劇的な改善は見られなかった。
良輝がサボっていたわけではない、しっかり走りこんだし投げ込みもした、しかし良輝のダイナミックなフォームは人一倍大きい肩と肘の可動域があってこそのもの、過度に投げ込ませれば故障を誘発しかねないのだ、ただし、全く成果がなかったわけでもなく、以前は全力で投げられるのが2~3イニングだったが、それが3~4イニングに伸びては来ているし、スピードガンの数値こそあまり変わらないが、速球は手元で伸びて来るようになっている。
雅美の方はかなりの改善が見られた、元々握力を強化するだけの事だし、秋の大会まではナックルは遊びで投げていただけ、急に球数を投げるようになったので充分な筋力がついていなかったのだ。
それこそ授業中にも隠れてボールを握って握力を強化し、投げ込みでストレートの威力も少し増した。
野手で最も伸びたのは新一、それまでは自分がどんなバッティングをしたいのか、明確なイメージがなかったのだが、英樹を真似、また教えも請い、バットを短く持って右方向を狙ってガツンと叩く練習を繰り返した、そしてそれをかなりものにして来ている。
新一に真似られ、また指導もした英樹だが、インコースは逆らわずに引っ張る練習も繰り返している、インコースでも右狙い、と言うのはコントロールの良いピッチャーに当った時に苦しくなるからだ。
由紀はといえば、スイッチヒッターを目指して左打ちの練習をしている、左打席はそもそも一塁に一歩近い上に、打ち終わった姿勢が一塁を向いている、足が速い選手ならば内野安打の確率がぐっと上がるからだ、だが、まだ今のところ試合で左打席に立てるまでの自信は無い。
明男も左打ちの練習を始めたのだが、こちらはかなりモノになって来ている。
左打ちを試したのはひょんなきっかけから、それこそ『遊び心』でイ○ロー選手の真似をしてみたところ、意外にしっくり来たのだ。
実は元々は左利きだった、特に矯正されたわけではない、根が真面目な明男はいつの間にか周囲に合わせて右を使うようになっていたのだが、今でも左で箸を使えるし、右ほどは上手くないが左でも文字や絵が書けるのだ。
明男の父親も草野球を楽しむ、まだ小さかった明男は父にくっついて行って野球を始めたのだが、その頃は大人用のバットが重くて右手と左手を離して握り、主に右で振っていた、その頃の中々癖が抜けずにいたのだが、左打ちならば何の癖もついていない、明男は左打ちに転向することにためらいはなかった。
もっとも、理想的なスイングを身につけるために、毎日毎日数百本づつも素振りを繰り返したが。
そして4年生の中からも、ひと冬を越してぐっと伸びて来た子もいる。
ピッチャーの小坂勝、次期エースは自分だと多寡をくくって慢心していたきらいがあったが、雅美に先を越されてやる気に火がついたのだろう。
真上から投げ下ろすストレートが武器なのだが、制球が良くない、と言うよりかなり悪かった、そこで前々から少し腕を下げてスリークォーターで投げるようアドバイスしていたのだが、ようやく本気でフォーム改造に取り組むようになったのだ。
元々サイドスロー的な身体の使い方なのに腰を曲げて無理矢理上から投げていた感じもあり、新しいフォームが身につくにつれて球威も付き始めた、今は投げるのが楽しくて仕方がない様子すら見せている。
キャッチャーの八田幸雄、元々体が大きく、その割には器用でキャッチングは上手い、雅美のナックルの相手をしていたのも幸雄だ。
少し身体を持て余している感じがあり、バント守備やスローイングの時に少し動作が遅いのはまだまだ改善の余地がありそうだが、アッパー気味だったスイングをレベルスイングに矯正したことでバッティングはぐっと良くなって来た、それほど強く振っている感じはないのだが、大きな身体に一本軸が通った感じで、ゆったりとして見えるスイングからボールを軽々と飛ばす。
外野手の若杉勉、俊足、好守、巧打で1番でも3番でも似合うタイプ、いずれチームの軸になるだろう一人だ、4年生の頃は特別に小さかったがこの一年でだいぶ身体も大きくなって来た、まだまだ小粒だが、今の時点でも代走、守備固めはもちろん、小技が必要な時の代打としても重宝しそうな子だ。
d (>◇< ) アウト! _( -“-)_セーフ! (;-_-)v o(^-^ ) ヨヨイノヨイ!!
少年野球の全国大会と言えば高円宮賜杯、毎年8月に神宮球場と大田スタジアムをメイン会場に開催される『少年野球の甲子園』だ。
出場するには3月の市予選、6月の県予選を勝ち抜かなければならない。
勿論、サンダースは3月の市予選に出場した。
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秋の市民体育祭は6年生も出場できたが、春の市予選は県大会、全国大会につながっていることもあり、出場できるのは新6年生と新5年生のみ、出場可能なチームは限られ、大会は4回戦制で行われる。
強力打線を誇り、二枚看板を有するサンダースはコールド勝を連発、1~3回戦を難なく突破し、決勝に進んだ。
決勝の相手は昨年秋に敗れたウィングス、ここも県大会を見据えて秋にも6年生抜きで戦っている、秋には雅美の不調で先制されて後手に回り、技巧派のエースを守り立てる守備で得点を阻まれたが、実力的には決して負けていないし、サンダースのナインは一回り逞しくなっている、とは言っても一冬を越したのは相手も同じ、特に少年野球では急成長する選手が少なくない、チームもまた然り、油断はできない。
1回の表、雅美の立ち上がりは上々だ。
秋の市民体育祭でデビューした際の驚きこそないが、ストレートに威力が増した分、ナックルは更に生きる、三者凡退で切り抜けてその裏のサンダースの攻撃。
1番の由紀を迎えてウィングスの内野は極端な前進守備隊形を取って来た。
しかし、由紀は高いバウンドのゴロを打つ練習を繰り返して来た、内角低めのストレートを思い切り叩きつけるとボールはサードの頭を超え、由紀は悠々と一塁に到達した。
2番の英樹、内野がぐっと右に移動、セカンドは一、ニ塁間へ、ショートはセカンドベースのやや左、サードは三遊間へと守備位置を変え、ピッチャーは内角を衝いて来る。
昨年までの英樹ならばこの守備隊形はかなり嫌だった、だが今年の英樹は一味違う。
インコースを思い切り引っ張った打球は、普通の守備位置ならばサード正面への強いゴロ、だがあらかじめ三遊間に移動していたサードは横っ飛びに飛びつかなければならなかった。
それでも堅守を誇るチーム、サードはそのゴロをグラブに当てて止め、起き上がりながらボールを拾ってファーストへ送球、間一髪で英樹をアウトにすることに成功した。
しかし、その送球は結果的に良かったのかどうかは微妙な所だった。
作品名:リードオフ・ガール 2 作家名:ST