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短編集15(過去作品)

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 きっと今日はどうかしているのだ。そうとしか考えられなかった。
 風呂から上がると夕食の準備は整っていた。思ったより豪勢で凝った料理が並んでいある。
「今日はあなたが早く帰って来てくれたから、凝った料理にしてみたの」
 ローストチキンに、ポテトサラダ、ビーフシチューと手間のかかるものばかりだ。
「ビーフシチューだけのつもりだったけど、いろいろ作ってみたの」
 手間のかかるポテトサラダができるまでの時間、風呂に入っていたことになる。普段の自分では考えられなかった。
「それにしても豪勢だね」
「久しぶりの水入らずですもの」
 本当に嬉しそうだ。私はその顔が見たくて急いで帰ってきたのだ。
 ゆっくりと食事を摂っていたが、
「あなた、あさって、お出かけしますからね」
「あさってと言えば金曜日だね」
「ええ、お花のお師匠様の法要があるの」
「亡くなったのかい?」
「ええ、自殺だったみたいなんです。ちょうど、教室のある日だったから水曜日かしら」
 なぜか胸騒ぎがした。水曜日になると、毎週気持ち悪くて、言い知れぬ怖さを感じていたが、その木曜日に人が亡くなったと聞くのはやはり気持ち悪いものだ。
「お師匠様って、まだ若いのかい?」
「ええ、私より少し上くらいかしら。何か最近ノイローゼだったようなんですよ」
「やはり、お師匠様というといろいろ気苦労もあるんだろうね」
「ええ、でも先生の場合は恋煩いみたいなんです。元々、男運っていうのかしら、ない人みたいだったから……」
 そういって、和代は私を見つめる。睨みつけているのかも知れない。その顔はいつもの和代ではない。私の知っている顔ではあったが……。
――どこかで見たことのある顔――
 このまま黙っているのが怖かった。水曜日が怖いという気持ちと非常に似ている。何か会話をしなければ吸い込まれてしまいそうな表情に怯えきっている。
 気がつけば震えていて、指先が冷たくなっている。早く何とかしなければならなかった。
 リモコンのスイッチがちょうど手元にあり、テレビをつけた。少し暗く感じてしまっていた部屋がパッと明るくなるのを感じた。
――助かった――
 テレビでは奇しくも花を映し出していた。紫色の小さな花が枝にいっぱい咲いている。
――これはケーキ屋の表に植えられていた庭木と同じものだ――
 と、直感した。それだけ印象に深かったのだろう。
「綺麗だね」
「この花、ハナズオウっていうのよ。先生が好きだった花なの」
 紫色というところが神秘的で、思わず見取れて、目が離せなくなった。
「この花ね、先生がよく持ってきてたわ。何でも春に咲く花らしくて、控えめな色が私も好きだったわ」
 私は恐る恐る聞いてみた。嫌な予感がしたのだ。
「先生は何て名前だったんだい?」
「待ってね、法事の案内があったわ」
 そういって、和代はバッグの中を確認している。
「えっとね、水沼先生、水沼里美先生って言われる方よ」
――水沼里美――
 まさしく私の知っている里美の名前である。苗字が変わっていないということは、結婚してないのだろうか?
「どんな先生だったんだい?」
「そうね、あまり明るいタイプの方じゃなかったわね。でも、お花のお師匠さんということでの風格は十分に持っていた方だったわ」
――私は本当に里美のことが好きだったのだろうか?
 男運に見放されたような女性というイメージしかなかった里美に、私が抱いていたのは同情だったのかも知れない。最初に感じた里美への「大人のイメージ」も、一度抱くことで従順に変わってしまった里美に対して私は弱々しさしか見えていなかった。
――男に捨てられた傷心の女性を自分が癒してあげる――
 まるでヒーロー気取りだった自分に気付いていなかった。
 そんな私が裏切ったのである。元々は軽い浮気のつもりだった。
――里美に分からなければいいんだ――
 男としての理性が誘惑に負け、きっとその瞬間、同情だと感じていたのかも知れないが、そのことに気付かなかっただけなのだろう。
 初めて和代と会った日のことが走馬灯のように思い出される。最初おぼろげだった記憶が次第にハッキリしてくる。
――誰かに見られていたような気がする――
 その時に確かに気配を感じた。乾いたハイヒールの靴音、
「カツーン、カツーン」
 先ほどの音とダブって感じてしまう。
 何か気持ちが悪い、少し話しを明るい方に逸らしたい気持ちになっていた。
「そういえば、この花、ケーキ屋の店先のプランターに植わってたんだよ」
 夕焼けに映える紫の花、印象的な色だったことを思い出しながら話した。
「え? この花って、四月に咲く花なのよ。今は八月、信じられないわ」
 女房は笑いながら話した。私がよく似た花と見間違えたと思っているようだ。確かに花のことに関してはまったくの無知な私の記憶である。そう思われても仕方がない。
 だが私としては根拠はないのだが、確信はあった。不思議な気持ちに襲われながら、ケーキ屋の前にあった紫の花を思い出している。
 さらに女房は続ける。
「この花は綺麗なんだけど、花言葉はあまり好きじゃないわ」
 綺麗な花であることは間違いないが、華やかさには欠けるかも知れない。地味な色が大人の雰囲気を醸し出しているのだ。
「どんな花言葉なんだい?」
「裏切り、不信、ということなの。大人の雰囲気のある花なんだけど、どうしてそんな花言葉がついたのかしらね」
 目を瞑れば紫色の花を持った里美の顔が浮かんできて、目を瞑らずにはいられない自分が怖くて仕方がなかった……。


                (  完  )


作品名:短編集15(過去作品) 作家名:森本晃次