小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集15(過去作品)

INDEX|15ページ/22ページ|

次のページ前のページ
 

 相手を幸せにできるはずのない「不倫」という行為は、相手に対してだけでなく、自分に対しても罪悪なことだと思っていたはずである。そんな私が不倫なんてするはずない。
「とにかく一途なのよ」
 と、問いかける声が聞こえる。
 それは、女性の声だった。
 そう、目の前でブランコに乗っている女性の声に間違いない……。

 私がこの公園に現れるのは、あれから何回目だろうか?
 それにしてもかなり久しい気がする。一時期、ずっと来ていたのだが、あれからご無沙汰であった。
 そういえば、なぜこの公園に来るようになったのか忘れてしまっていた。きっとここに何か大切なものを探しに来たのは覚えているのだが、それは見つかったのだろうか?
 本来の探し物が見つかったかどうかは分からないが、ここで私は最愛の美津江と出会うことができた。彼女はちょうどその時、家庭内暴力に悩んでいたのだ。
 結婚してすぐはよかったらしい。しかし男の過激な言動や行動に気付いた時にはすでに遅かったようで、美津江の前職であるスナック勤めを、何かにつけてやたらと口にするようになっていた。
「お前、他に男がいるだろう」
 まだ、男の正体が分かるまでは、
「いないわよ、そんなに信じられないの?」
 と、弁解する余裕もあったのだが、嫉妬深さと凶暴性は比例するようで、次第に暴力を振るうようになっていた。
 そして、そんな彼女を更なる不幸が襲った。男の正体が分かる前に懐妊していたのだが、あまりの暴力に、流産の憂き目に合ってしまっていたのである。彼女の落ち込みは激しかった。私と同じで鬱状態に陥ることのある彼女は、かなり苦しんだようである。私と初めて会った時は、その状態がさらに進み、ほとんどすべての感情が、麻痺しているような状態だった。
 ブランコに乗っていた。
 いい大人の女性が、子供たちに混じってブランコに乗っているのだ。いくら子供とはいえ、いや、子供だからこそ、彼女に対し露骨なまでの気持ち悪さを顔に表していた。
 屈託のない笑顔に見えるのだが、その実、何も考えていない笑顔である。子供には気持ち悪さしか分からなくとも、私には辛さを通り越した彼女の気持ちが何となく分かっていたのかも知れない。
「いとおしい」
 離婚直後の寂しさのあった私には、そうとしか見えなかった。
 長年寄り添ってきた女房の顔が、完全に私の頭から消えた瞬間だったのかも知れない。
――いくつになっても、恋はしていたい――
 そう感じさせてくれたのは、美津江だった。
「年の差なんて関係ないわよ」
 そう私に囁いた美津江の笑顔はまるで知り合った頃の元妻を思い出させる。
――いやいや、忘れたはずではなかったのか――
 心の中で言い聞かせる。
 美津江の中で新しい息吹きが生まれたのは、それからしばらくしてからのことだった。
 あの日の私は、本当に身体が解けてしまうのではないかと思うほどの感覚だった。美津江の中に放った欲望、それは私自身のすべてだったような気がする。美津江の中でパッと弾けて、美津江の中に吸い込まれていく。そして、それが新しい息吹きとなって生まれ変わるかのようだった。
――もう一度生まれ変われるかも知れない――

 今、私の頭には、元嫁の断末魔の表情が浮かんでいる。
 思い出したくない光景のはずだった。頭からは真っ赤な鮮血が噴き出し、顎から滴り落ちている。まるでペンキのように濃く、なかなか落ちてこない鮮血が、顎のところで玉を作っているのが見て取れる。
――何でこんなに冷静に見れるのだ?
 我ながら不思議だった。
 自分もその時は真っ赤な顔をしていたの違いない。呼吸困難に陥っていて、それまでのいきさつが走馬灯のように駆け巡る。
 会社をクビになり、女房との仲も、決定的になっていた。普段冷静な私も、さすがに冷え切っていた仲の女房から罵られ、逆上したようだった。お互いに言葉が露骨になり、つかみ合いの喧嘩になる。
 台所という場所がいけなかったのか。私の手には白いまな板が、そして彼女の手には鋭利な包丁が握られている。お互いの握ったものについている真っ赤な色から、あたりが修羅場と化していることは見ずとも分かりきっていることだろう。
 お互いに白髪が目立ち始めた初老と言われるこの歳までがんばってきた夫婦の末路は悲惨であった……。

 今、美津江はベンチに座っている。
 美津江の手には男の子が抱かれていて、いとおしい我が子に微笑みかける美津江の表情は、ブランコから見つめていた表情に見える。私はそのことを悟りながら、美津江に抱かれているのだ。
 目の前でブランコが揺れている。
 夕日を背に誰かが乗っている。夕日に光ったその頭には白髪が目立ち、初老の男のようだった。
 その顔は真っ赤になった断末魔の表情で、じっと美津江に抱かれている私を見つめているのだった……。
 生まれ変わった人生……、三十年後の人生を、今度はブランコの上から見ているのかも知れない……。
 そう、きっとまた一途な人生……。


                (  完  )
作品名:短編集15(過去作品) 作家名:森本晃次