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短編集15(過去作品)

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 最初から自分にその意識があったわけではない。気がつけば縁起を担いでいるという感じで、例えば部屋を出る時は必ず右足から出るといったりしたことである。
――無意識な行動――
 そのことに気付いた中学時代に感じたことは、その無意識な行動はすなわち自然な行動であるということだった。友達の話の中で、たまに縁起を担ぐ話が出ていたが、そんな時心の中で、
――ほうほう、そんなことがあるんだ――
 と、感心していたくらいである。まさしく無意識、他人事である。自分の無意識な行動に気付いていながら、話に出てくる主人公はまったくの他人事、この時ほど自分の中に、
――他人が住んでいるのでは?
 と思ったことはなかった。
 二重人格というわけではないのだろうが、どこか冷めた目で自らを見つめる自分がいることに違いないようだ。
 私は頭の中で目の前にいる女性のことを想像している。いつものように無意識に……。
――それにしても、以前どこかで見たことがあるような気がする――
 いつまでも同じ位置に太陽があるわけでなく、しかも目が慣れてきたこともあってか、顔が何となく分かる気がしてきた。妖艶に微笑むその顔は、明らかに以前、自分が淫らな想像をしたのではないかということを思わせる表情だった。
 いつもいつも淫らな想像をしているわけではない。離婚前の女房とも会話がまったくなかった頃、一番ひどかったかも知れない。
 離婚の原因がどこにあったのか、自分でも最後まで分からなかった。納得いって離婚したわけではない。これ以上粘っても、婚姻生活を元に戻すことができないということでの離婚の決意だった。
「お前にはよくできた嫁だよ」
「ははは、そうかも知れないな。だからうまくいってるのさ」
 そう言って、友人と呑みながら話したことがある。気心の知れた、学生時代からの友達で、自分は親友だと思っている。もちろん、彼もそう思っていてくれるに違いない。
 彼の言うことはもっともだった。性格的に几帳面でない私のことを、よく分かっていてくれて、フォローしてくれる女性の存在はありがたかった。
「お前の嫁になる女性は、きっと最高の女性なんだろうな」
 それは、裏を返せば、
「それくらいの女性でないとお前の女房は務まらない」
 と言っているのと同じだった。
 もちろん分かっている。分かっていて、私はそれでもいいと思っている。きっと私にもいいところがあるんだろうし、お互いのいいところを尊重しあって、助け合っていくのが結婚だと思っていた私には、そんな女性の登場が待ち遠しかったのだ。
 女房はまさしくそんな女だった。それは友人も認めてくれていて、
「よかったじゃないか。理想の女性の登場だ」
 と言って、私に対して満面の笑みを浮かべた。自分もそう思っていたが、
――友人がいうのだから間違いない――
 と思ったことが、最終的にプロポーズに繋がったのかも知れない。
「君は最高の女性だ」
 と言ったプロポーズの言葉、これは自分で納得できる言葉だっただけに、かなりリアリティがあったに違いない。
 結婚してからというもの、彼女はほとんど変わらなかった。それは私が最初から望んだものであったし、従順な彼女を見ているだけで、幸せな気持ちになれた。
――結婚生活ってこんなものなんだ――
 確かに実家を出てからの二人だけのマンション暮らし、お互いの家から干渉されることのない生活は、まるで夢を見ているかのようだった。
 私の家でも、二人に気を遣ってか、あまり訪ねてくることもない。来るとすれば、何か貰いものがあったとかで、「おすそ分け」程度のことである。お互いの実家から干渉されない夫婦生活は最初からの目的でもあった。
「よく嫁姑問題というのをテレビとかで見るけど悲惨よね」
 これは結婚前、まだ私がプロポーズする前からの彼女の口癖でもあった。
――私は姑のうるさいところには嫁に行かないわ――
 というデモンストレーションのようだった。それ以外のとこではあまりこだわらない彼女だっただけに、その言葉には重みを感じた。
 新婚生活はまるで、「ままごと」のようだった。毎日会社からの帰りが楽しくて、帰ってくると暖かい夕飯ができている。私はそれだけでも嬉しかった。お互い暖かい生活を望んでの結婚だったからだ。
 彼女は父親がいない。まだ彼女が学生だった頃に事故で亡くなったらしい。父親の話をする時の彼女の顔は、必要以上に寂しそうに見えた。彼女の悲しい顔を見たくない私は、どちらかというと、深く聞く方ではない。その時もそれだけ聞いて深く詮索することはなかった。それだけに、一度聞かなくなると今度は聞きにくいもので、結局、自分の中でその話をタブーにしてしまった。
――私に父親を求めているのだろうか?
 何度か感じたことがある。
 そういえば彼女と身体を重ねた時、感極まった瞬間に、
「パパ……」
 という言葉を聞いたような聞かなかったような、実に曖昧である。初めて彼女をいとおしいと思ったのは、確か父親の話に触れて、そのあと見せた彼女の寂しそうな顔だったような気もする。
 それから初めて身体を重ねるまでに、それほどの時間は掛からなかった。きっと話を聞いて身体を重ねるまでの私の顔は、優しい表情を作っていたのだろう。

 実は最近、自分には不思議な悩みがある。
――男としては、ごく自然なことだ――
 と自分に言い聞かせているつもりだったが、それが余計に自分の苛めるように感じてしまう。本能を抑えるのが理性であれば、当然持っていなければならないのが男だと思っていた私だけに、その悩みは大きい。
 さらに悩めば悩むほど止まらない自分に腹が立つ。この憤りをどこにぶつければいいのだろう。
 最初のきっかけは、仕事でのイライラが溜まってきた頃だった。
 別居が長引き、寂しさがほんの少し和らいできた時だったのかも知れない。ないはずの心に、余裕があるような錯覚があったと気がついたのは、かなり後になってからのことだった。
 仕事で営業の帰りに立ち寄った駅前の喫茶店。今までにも同じように仕事の帰り、帰社までの時間調整に使ったことがあるため、ほとんどそこに寄る時間はいつも同じ時間帯だったはずだ。夕方に差し掛かるその時間、ちょうど学生が目立つ時間帯でもあった。
 至るところから学生の黄色い声が響き渡る。少し天井が高く、声が響くような感じの設計になっていることが一目瞭然で分かってくる。鬱陶しいと感じながらも、余計な神経を使わないようにとがんばっていた。
 しかしその日はさすがにそうもいかなかった。それだけイライラしていたのだろうし、自分で抑えられるものでもなかった気がする。
 神経がどうにかなってしまいそうなほど、普段と比べてもかなりうるさく感じだ。いつもなら自然とお互いを打ち消すような話し声なので、そのうちただの騒音として気にならなくなるのだが、その日はなぜかそのうちの一つの会話にだけは集中してしまった。もちろん、そんな時は他の声はただの騒音でしかないわけだ。
「あなたいったい、どういうつもりなのよ」
作品名:短編集15(過去作品) 作家名:森本晃次