⑩残念王子と闇のマル
息をのむ麻流に華やかな笑顔を向け、カレンは流れるような美しい所作で、その左手に口づける。
「我がおとぎの国に、共に来てくれますか?」
麻流は、カレンを瞬きもせず見つめた。
カレンが顔をあげると、麻流の大きな丸い黒水晶から涙がひとすじ零れ落ちる。
「…返事は?」
カレンは、麻流の顔を下からのぞきこんだ。
麻流はポロポロと涙をこぼしながらも、王女らしく、綺麗にお辞儀をする。
「ずっと、お傍に置いてください。」
涙声で答えた麻流の顎に手を添えると、カレンは優しく唇を重ねた。
金の冠をつけたカレンと、白い花冠と花束を身につけた麻流は、まさにおとぎ話の王子様とお姫様だった。
指に光るダイヤモンドが陽の光を鋭く反射し、花畑の中で口づけを交わす二人を幻想的に彩る。
「ほんとは、今日のお昼に予定してたんだけどね。」
カレンが、ふふっと笑った。
「とりあえず朝いい場所を探して~、って思ってこっそり早起きして出かけようと思ってたら、見つかったし。」
いたずらっ子のように笑うカレンに、麻流は甘えるように身を寄せる。
「ホシが、たまたまこんないいところに連れてきてくれたから『今だ!』って…。」
カレンは、麻流の薬指のダイヤモンドにもう一度唇を寄せた。
「この指輪、いつ?」
麻流はカレンの肩に、頭をもたせる。
「宝石の国に行ったとき。そこで作ってもらったんだ。」
麻流は、カレンの腕にぎゅっと抱きついた。
「…全然、別れる気、なかったんですね。」
カレンは麻流の肩を抱き寄せると、からからと明るい笑い声をあげる。
「あったりまえじゃん!」
そして顔をのぞきこみながら、妖艶に微笑んだ。
「視察を全行程終えて国にいったん戻ったら、拐いにくるつもりだった。」
思いがけないカレンの言葉に、麻流は驚いて目を見開く。
「リンちゃん置いていったのも、そのため♡」
カレンはぎゅっと麻流を抱きしめると、天を仰いだ。
「父上に国を豊かにする方法をご提案したら、すぐにリンちゃんを迎えに行く口実で国を出て、そのまま何もかも捨ててマルを拐って逃げようと思ってた。」
そして、カレンは小さなため息を吐く。
「まぁ実際、リンちゃんが赤ちゃんできた時点で計画実行が難しかったけどね。子馬連れじゃ、とても星一族を撒けないもんねー。」
カレンは、星一族が追手にかかることも想定して計画していたのだ。
「んで、とにかくリクに張り付かれてるのが嫌で、めちゃ嫌な態度とっちゃった♡」
冗談まじりに言うけれど、その笑顔は理巧への申し訳なさが溢れているように見える。
「だけどリクはほんとにいい子でさ…僕のためにマルを拐ってきた時は、ビックリしちゃった!」
そして理巧の物真似をする。
「『落とし物を拾得致しました。』」
あまりにもその物真似が似ていて、麻流はふきだした。
「落とし物って何だよ、って言ったら『どうぞ。』って差し出してきたのがマルで!」
言いながら、二人でお腹を抱えて笑う。
「記憶喪失になってるって聞いた時は…正直、ショックだった。」
カレンは麻流の後頭部を撫でながら、悲しげに微笑んだ。
「…ごめんなさい。」
麻流が目を伏せて謝ると、カレンが慌てて首をふる。
「違う違う!僕自身にショックだったの。」
カレンはその大きな手で、麻流の両手を包み込んだ。
「赤ちゃんのこと…ひとりで抱え込ませて、ほんとにごめん。」
麻流が驚いて顔を上げると、その瞳をカレンは真っ直ぐにのぞきこむ。
「また、赤ちゃんが戻ってきてくれるように、今度こそ、マルをしっかりと守るから。」
カレンの姿が、水面に映るように滲んだ。
「生きててくれて、ほんとにありがとう。」
カレンは、その大きな体で小さな麻流を包み込むように抱きしめる。
「カレン…!」
麻流は、カレンの腕の中で思い切り声をあげて泣いた。
作品名:⑩残念王子と闇のマル 作家名:しずか