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⑩残念王子と闇のマル

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邂逅


空気が動く気配がして、意識が覚醒する。

隣を見ると、抱きしめて寝たはずのカレンの姿がどこにもない。

麻流は慌てて飛び起き、あたりを見回した。

(まさか…今までのは全て、夢?)

あまりにも幸福に満ちていたその記憶が夢だったかと思うと、背筋がぞくりと震え、胸が苦しくなる。

麻流は胸元をぎゅっと握ると、顔を上げた。

ベッドサイドの窓から、ようやく白み始めた空を仰ぐ。

その時、小さな物音がリビングから聞こえた。

「!」

麻流はベッドから飛び降りると、寝室のカーテンをくぐってリビングへ駆け込む。

そこには、少し長めの金髪に冠をつけている、長身の男性が背を向けて立っていた。

「マル。」

笑顔でふり返ったその人は、カレンだ。

麻流は大きく安堵の息を吐くと、瞳を潤ませながらその胸に飛び込む。

「っう!」

カレンの小さな呻き声に、麻流はパッと顔を上げた。

そういえば、カレンは千針山で全身に打撲を負っているのだった。

「す…すみません!」

麻流が慌てて離れようとすると、カレンがぎゅっと抱きしめる。

「大丈夫だから。」

言いながら優しく頬に口づけ、カレンは麻流をひょいっと抱き上げた。

「起こしちゃった?」

甘く微笑むカレンは、どこかへ出掛けるのかマントまで羽織っている。

置いていかれる恐怖に、麻流はその首にぎゅっと抱きついた。

「どこ…行くんですか?」

かすかに声を震わせる麻流に、カレンは目を見開く。

「ゆ…夢かと…思ったじゃな…ですか…!」

カレンの首筋に涙が伝い、慌ててカレンは抱きつく麻流の顔をのぞきこんだ。

「も…置いて…かないで…」

しゃくりあげる麻流の言葉ごと、カレンは口づけで飲み込む。

小さな後頭部を掴むと、情熱的に麻流の口内を愛撫した。

「…ん…。」

息継ぎをしようと麻流がもがいても、カレンはそれを許さず、麻流の不安も涙も全て食らいつくすように口づけを落とす。

何度も角度を変えて口づけを交わしているうちに、麻流の体から力が抜けていった。

カレンは傾ぐ体を支えながら、ゆっくりと唇を離す。

すると、二人の唇を、銀糸がつないだ。

カレンは小さく笑うと、その銀糸を麻流の唇ごと舐め取る。

「ほら、離れても繋がってたよ。」

言いながら、大きな手のひらで麻流の濡れた頬を拭った。

頬をリンゴ色に染めながら上目遣いに見る麻流の額に、カレンは額をコツンと当てる。

「もう、二度と置いていかない。」

カレンも上目遣いに見ながら微笑んでいたけれど、突然その頬を膨らませた。

「ていうかさ!この間はマルが僕から離れたんじゃん!」

すると、とたんに麻流の黒水晶が潤む。

「ご…め…」

「ああ!ごめん!冗談だってば!」

慌ててカレンは、麻流の瞼に口づけを落とした。

「いや、今のは冗談にしたらいけないことだったよな。…マル、ごめん!」

一生懸命謝るカレンの真剣な眼差しで、麻流の心はどんどん温かな愛に満たされていく。

麻流は目をふせて、小さく微笑んだ。

「マル…。」

カレンは愛おしそうに呼ぶと、その小さな体を優しく抱きしめる。

「今からね、リンちゃんのところに行こうと思ってたんだ。」

耳元で聞こえる透明な声に、麻流は幸せな気持ちに満たされていき、そっと身を預けた。

「で、久しぶりにリンちゃんと少しお出かけしようなかな~って。」

麻流はホッと息を吐くと、甘えるようにカレンの首に腕を回す。

「私も、行きたいです。」

その言葉に、カレンは満面の笑みで応えた。

「じゃ、15分後に厩舎で待ち合わせな!」

そう言うなり、カレンは麻流をストンと降ろし、身を翻して素早く部屋を出る。

「え!?ちょっと、カレン!」

麻流は慌てて身支度をととのえると、その後を追った。

城の外に出ると、ひんやりとした朝の澄んだ空気が心地よい。

カレンは大きく背伸びをして深呼吸しながら、星の厩舎へ向かう。

「置いていかないって言ったくせに!!」

「!」

厩舎の扉を開けたとたん、仁王立ちしていた麻流に文句を言われた。

「さっすがぁ、マル♡」

嬉しそうに笑うカレンに、思わず頬がゆるみそうになったけれど、麻流はそれをごまかそうと頬をふくらませる。

そんな麻流の頭をぽんぽんと優しく撫でると、カレンはその手にお弁当を握らせた。

「朝ごはん、一緒に食べようね。」

ちゃんと二人ぶん用意してくれたカレンに、麻流の頬はついにゆるむ。

それと同時に、高い嘶きが厩舎に響き渡った。

「リンちゃん!」

カレンは駆け寄ると、リンちゃんの首をぎゅっと抱きしめる。

リンちゃんの尻尾は大きく揺れ、落ち着きなく体が動く。

「ごめんね、リンちゃん…ほんとにごめんね…。」

カレンの声が、どんどん涙声になっていった。

自分を置いていった主人を許し慰めるかのように、リンちゃんはカレンの頭や首筋に鼻先をつけ、嬉しそうな声を出す。

カレンはリンちゃんから体を離すと、大きくなったお腹をそっと撫でた。

「おめでとう、リンちゃん。」

カレンのお祝いに、リンちゃんが嬉しそうに嘶く。

カレンはそんなリンちゃんをもう一度撫でると、隣にいる星に向き直った。

「ホシ、おつかれ。」

花の都を離れて2つの季節を共に旅した星を、カレンは改めて労う。

「それから、おめでと♡」

星は精悍な顔でカレンを見つめると、尻尾をふってお礼を返した。

カレンはそんな二頭を笑顔で交互に見ると、手綱をつける。

「ね、みんなでお散歩に行こう!」

カレンが誘うと、二頭は嘶いて大きく尻尾をふりながら出てきた。

「リンちゃんには、マルが乗って。」

お腹の大きいリンちゃんを気遣って、カレンが手綱を麻流に手渡す。

「リンちゃん、いい?」

麻流が訊ねると、リンちゃんが仕方なさそうに鼻を鳴らした。

「ありがと。」

リンちゃんにお礼を言いながら跨がる麻流を、カレンは目を細めて愛しそうに見つめる。

そして、久しぶりに二人はのんびりと散歩に出た。

星の先導で城下町のはずれにある花畑にやってくると、カレンは木陰にマントを広げ、麻流を誘う。

「梅おかか、おいしい!」

麻流はカレンお手製のおにぎりにかぶりついて感嘆の声をあげた。

「カレン、上手になりましたね!」

満面の笑顔で麻流がカレンを見ると、カレンが嬉しそうに微笑む。

「そ?」

笑みを交わしながらおにぎり弁当を食べていると、朝日が金色に輝きながら二人を照らした。

「…カレンみたい…。」

その神々しい美しさに、麻流はうっとりと朝日を見つめる。

そんな麻流の頭に、花冠がふわりと乗せられた。

驚いてふり返ると、カレンが跪いている。

そして、手に持っている花束を優雅に差し出した。

「マル王女。」

冠をつけた王子の装いのカレンが、朝日を浴びてキラキラと輝きながら真剣な眼差しで麻流を見つめる。

「私と、結婚してください。」

思いがけないプロポーズに、麻流の思考は停止した。

カレンはそんな麻流の手に花束を持たせると、そっと左手を取る。

そして、薬指に指輪をはめた。

「っ!」
作品名:⑩残念王子と闇のマル 作家名:しずか