美しさをとどめていてほしい
えくぼ
留美はあの時の3人の中の1人であった。私は留美と警察を出ると
「食事をしていこう」
と誘った。彼女は頷いた。
かなり高級な焼肉店に車を入れた。彼女には本当にうまい肉を味わってもらいたかった。彼女はそれほど豊かな家庭で育ったのではないと感じたからだった。
1人前3万円程する。まるで他人の彼女に対し、自分ながら下心があるのではないかと思えてきた。高校生とはいえ、大人を感じさせる容姿であった。店は長いカウンターでコックが肉を焼いてくれる。
「遠慮しないで食べて」
私は彼女にとっては初めての経験だろうと思っていた。
「久しぶりだから、いただきます」
「来たことある?」
「2か月に1回くらい」
「君がわからない」
「何がですか?わからないって」
「万引き遊びのこと」
「ごめんなさい。おじさまに言われて気が付いた。退屈な時間の中で勉強から解放されたかったし、友達を裏切れなかった。だからわざと見つかるように1人で万引きしたの。2人の友達もきっと気が付いてくれると思う。おじさまの言葉の本当の大切さを」
「不思議なんだ。おじさんの名前なんで知っているのか」
「自転車に住所と名前が書いてあったから、スマホで撮ったの。レトロな感じがしたから」
「それで、なんで警察でおじさんの名を出したのかな」
「父や母には心配というか迷惑かけたくなかった」
「聞いてもいいかな。言わなくてもいいから、ご両親の職業は?警察でも聞かれたと思うけれど」
「父は内科医.開業してます。母は大学教授です」
「ありがとう。すばらしいご両親なのに」
「なぜこんなことをしたのって聞きたいのでしょう」
「なぜこのようなことをするほど悩みがあったのかを」
「悩み?なかったかも、退屈しのぎ」
「人は動物はなぜ食べる。生きていくため。それが、うまさを求め始める」
「おじさまの言うとおり、旨さが楽しさに置き換わっただけ」
1人前の肉は食べ終えた。席を立ち、喫茶ルームでサービスのコーヒーを飲み始めた。
「おじさまは何をされている方」
「3年前までは高校教師。今は無職ですよ」
「何を教えていたの」
「数学」
「教えてほしい。医学部進学だから」
「3年のギャップがあるから無理だよ」
「おじさまと時間を過ごしたいの。勉強は塾でできるから,会う口実」
「おじさんに会っても何にもならないと思う」
「いいの。私には大切な時間だから」
「・・・」
「携帯番号教えて」
私は番号を留美に教えた。
「今どきスマホでないってレトロよ」
彼女はくっすと笑った:
私は彼女からレトロと言われ、それは誉め言葉ではないだろうかと感じた。
作品名:美しさをとどめていてほしい 作家名:吉葉ひろし