天国に咲く花
迷いに迷い、ようやく山奥の家にたどり着いた時にはもう日も暮れかかっていた。家の前で声をかけると小さな女の子が顔を出した。
「ばあちゃ〜ん、おねえさんだよ――」
冴子は囲炉裏端へ通されると、丁寧に挨拶をし、訪ねた用向きを簡単に告げた。老婆は、今日はもう遅いからまずは夕食にしようと支度をし始めた。冴子が自分も手伝うと申し出ると、桃も楽しそうにその中に加わった。
その夜は老婆と桃、雄一、冴子の四人でのにぎやかな食事となった。中でも、桃ははしゃぎ回って疲れたのか、今ではかわいい寝息を立てて眠っている。冴子がこちらに泊まることになり、家にその連絡を入れるため席を外した時、老婆は雄一に囁いた。
「桃は母親を知らない、冴子さんに母親の面影を重ねたのじゃろう。不憫じゃのう」
桃が早く寝て大人だけになったこの機会に、冴子の話を聞くことになった。雄一の同席を承諾して、冴子は自分の抱えている問題を詳細に話し始めた。
「つまり冴子さんはもう離婚の決心ができているのじゃな? そして誰も傷つかない形で別れたいと」
「そうです。そんな事が出来るでしょうか?」
「大丈夫だろうさ。答えは明日じゃな、今日はもう寝るとしよう」
桃を抱き上げ雄一は離れに戻り、冴子は老婆の隣で休んだ。
翌朝、冴子に朝食の準備を頼むと、老婆は桃を連れて裏の小道を下りて行った。
花畑に着くと桃が驚いて叫んだ。
「あっ、お花がひとつふえてる!」
「あのお姉さんの花じゃよ」
そこには一輪増えて四輪の花が並んで咲いていた。その花々に沢の水をやるよう老婆は桃に言った。それから新しい花の前で一緒に目を閉じるようにと。老婆は心の声で、昨夜の冴子の話を天国の花に伝えた。しばらくして桃に聞いた。
「桃や、見えたかい?」
「うん、見えた」
「その事を冴子お姉さんに話しておいで」
桃は駆け出して小道を駆け上がり、家に着くと玄関に入るなり息を切らせながら冴子を呼んだ。
「おねえさ〜ん、あのね――」
四人での朝食を終えると、冴子は帰り支度をし始めた。その様子をつまらなそうに見つめる桃に気づいて冴子は言った。
「桃ちゃん、さっきはありがとう。桃ちゃんのおかげでとってもいいことが起こりそう。その時はまたお礼に来るから待っててね」
冴子が玄関を出て、老婆や雄一に別れを告げる時も桃は出てこなかった。ひとり囲炉裏の灰をかき混ぜながら、ただ涙ぐんでいた。