天国に咲く花
桃と天国の花(四)
さらに五年の月日が流れた。
村に残る家は、とうとう桃の家だけになってしまった。雄一と冴子も心配して、度々家族会議が開かれた。
「おばあさんから後を継いだと言っても、周りの状況がこうも変わってしまっては、このままというのはもう無理じゃない?」
冴子が言った。
「そうは言ってもなあ、私たちはあの花のおかげでこうして幸せになれたわけだし」
雄一が言った。
「じゃ、いっそ、その花にどうしていいか聞いてみたらどうかな」
潤が言った
「そうね、聞いてみようかしら、でも、今の私は困り人かしら……」
桃が言った。
一週間後、考えに考えた末、桃は花畑に向かった。
そこにはのどかな春の陽射しの中、堂々と一輪の花が輝いていた。桃は目を閉じ、その花に向かって静かに頭を下げた。まず最初に、今までの感謝を述べた。そして、これからの自分の行く道を尋ねた。
すると、しばらくして耳元で波の音が聞こえてきた。驚いて目を開けると、桃はいつのまにか波が打ち寄せる浜辺に立っていた。見渡すと岸壁の先に白い灯台が目に入った。
(おばあさんが話してくれた光景だわ)
灯台の灯りが海を照らした瞬間、なんと海に道が出来た! そして、はるかかなたには花畑が…… 桃がその道を歩いていくと、花畑の中に老婆が立っていた。
「桃、久しぶりじゃのう。元気そうじゃな。
お前はほんにようやってくれた。もう十分じゃよ。
次の満月の晩、海を見においで。山はもう、たーんと見たでな」
そう言うと、老婆は笑顔とともに消えていき、桃は気を失った。
気がつくと、桃はいつもの花畑で倒れていた。
(私、夢を見ていたのかしら)
すぐそばでは、天国の花がまだきれいな花を咲かせていた。
桃は翌日、実家を訪れ、みんなに昨日の出来事を話した。
「へえ、不思議な夢だね……」
潤が言った。
「ええ、でもあり得そうに思えるのがまた不思議だわ」
冴子がそう言うと、雄一が話し始めた。
「実は以前、まだ三歳だった桃と私は、おばあさんからその話は聞いていたんだよ。
岸壁の灯台に照らされ、海が割れてできた道、その先に広がる花畑…… そこに咲いていた花が人を幸せに導くということも。おばあさんから受け継いだ桃だけがその花と話ができるそうだ」
「それが、姉さんの秘密というわけか。それにしても満月の晩に海か―― お婆さんもずいぶんとまた、ロマンティックなシチュエーションを考えたもんだね」
話し合いの結果、この機会に家族で旅行に行こうということになった。もちろん満月の日に合わせて海の近くへ。
予定は潤が立てることになった。家族そろっての旅行など初めてだったので、みんなその日を心待ちにしていた。ゴールデンウィークの手前ということで容易に宿も取れた。そして、ちょうど桃の誕生日に当たるということで、潤のプラン作りにもいっそう熱が入った。
いよいよ当日がやってきた。天気にも恵まれ、雄一の運転する車は一家を乗せ、快調に行楽地を目指した。
まだ連休前なので遊園地は比較的空いていた。いろいろなアトラクションを体験したり、水族館では大きな水槽の中を雄大に泳ぐ魚たちを見たりと、一行は十二分に潤のプランを楽しんだ。そして、宿に着くと温泉に浸かり、夜は豪華な食事に舌鼓を打った。
「本当に楽しかったわね。潤ちゃんのおかげね」
「いやいやまだまだ、感想は明日の牧場でのバーベキューを堪能してからにしてもらいたいね」
翌日、その楽しい牧場での一日も終え、そしていよいよ、今晩は満月だった。海に近い宿に着いた四人は温泉で汗を流し、和やかな夕食を終えた。
「姉さん、誕生日おめでとう!」
潤の合図で各自用意していたプレゼントを差し出し、ケーキを囲んで誕生会になった。
「やだー、もう子どもじゃないのに……」
そう言いながらも、桃はうれしそうにはしゃいでいた。
「さあ、いよいよメインイベントだね、姉さん!」
「そうそうどんな出会いが待っているのかしらね」
冴子が茶化すと、
「お母さんまでやだわー」
桃は恥ずかしそうに頬を染めた
「だって女の幸せといえばねえ?」
冴子が同意を促すように雄一の方を見た。
「……」
「やだ、お父さんたら今からそれでは困りますよ。桃ちゃんもいずれお嫁にいくんですから」
「まあまあ、とにかく行って来いよ。がんばれよ、姉さん!」
こうして家族に送り出され、桃は外へ出た。そして、満月の海岸を歩き始めた。
(本当にきれいな満月……)
潮の香りに波の音、風もそよ風で散歩には絶好の夜だった。