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天国に咲く花

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桃と天国の花(二)


 桃が高校生になって老婆と暮らした三年の間に、時おり困り人以外の訪問客も訪れた。以前に老婆の助け、すなわち花のお告げにより幸せを手に入れた人たちが、お礼とともに老婆の身を案じての訪問だった。その時に幾らかのお金を置いていった。その人たちにとっては寄進の意味だったのだろう。老婆は、自給自足では得られない現金収入として有難く受け取った。そして老婆が亡くなると、彼らの寄進は線香料と変わり、それが最後の訪問になっていった。
 桃がひとりになって初めての相談者の美紗の後、少しずつ新たな困り人が訪れるようなった。子宝に恵まれない、子どものいじめ問題、そして介護にまつわる虐待などの社会的な問題を抱えてくる人もいた。
 そんな日々の中、桃が暮らす地域もだいぶ様変わりしてきた。最初に来た頃は十軒ほどあった民家も今や数軒に減り、ますます辺境の地という色合いが濃くなっている。自分もいつまでこの地にとどまれるだろうという不安が、時に脳裏をかすめる。
 そして冬になると雪に覆われ、花の水やりも不要になるので、春が来るまで毎年、町の親元で過ごした。花が雪に覆われている間は不思議と困り人もやって来ないのだ。
 
 桃の弟、潤は高校三年生になっていた。幼い頃、そっと姉の後を追いかけて沢に落ちて以来、姉の秘密には触れてはいけないと思ってきたが、時おり耳にする両親と姉との会話で、おおよその見当がつく年齢になっていた。
 潤には伊藤健太という仲の良い同級生がいた。
 健太は二歳下の妹、奈津美と両親の四人家族だったが、昨年母親が病気で急死し、現在は三人で暮らしている。母親が亡くなった時は当然、兄妹ともにひどく落胆し潤も心配したが、奈津美が母親の役目を代わりに果たそうと、懸命に家事をこなす姿を見て健太も元気を取り戻していった。
 それから一年、潤はまた最近健太の様子がおかしいことに気づいた。
 放課後の校庭。運動部員たちがそれぞれの練習に駆け回る横を肩を並べて歩きながら、潤が口を開いた。
「健太、お前最近さ――」
「奈津美が部屋から出ないんだ……」
 予想もしていなかった答えに潤は戸惑った。足元に転がってきたサッカーボールを、拾いに来た部員に蹴り返しながら聞いた。
「あのしっかり者の奈っちゃんがか?」
「うん、誰とも話そうとしない。友だちの電話にも出ないらしい」
「それは変だね。何か心当たりはないのか?」
「まったく……」
 健太は下を向いたまま首を横に振った。


 翌日、潤は久しぶりに桃の所を訪れた。
「あら、珍しいわね。元気で学校へ行ってる?」
「ああ」
「もう三年生だから進路を決めなくちゃね。進学するの? それとも就職?」
 お茶と菓子をテーブルに並べながら桃が聞いた。
「姉さん、今日はちょっと話を聞いてもらいたくて。俺のことじゃなくて友だちの妹のことなんだけど……」
 弟からの思いもよらぬ頼みに、桃は目をそらして聞いた。
「それって私のこと知っているっていうことかしら?」
「うん、何となくだけどね。あの沢に落ちた時から姉さんには何かすごい秘密があるとは思っていたよ。その時は見当もつかなかったけど、大きくなってきて段々わかってきたんだ」
 複雑な表情を浮かべ、桃が聞いた。
「そう、それで妹さんがどうしたの?」
 
 潤は、健太から昨日聞いた話を姉に話した。
「どうしたんでしょうね、妹さん。お友だちが心配するのも無理はないわ。その妹さんをここへ連れてくることはできないかしら? でも部屋から出ないのでは無理よね」
「たぶんね」
「じゃあ、そのお友だちをここへ連れてきて。お友だちがとても困っていて、誰かに助けてもらいたいと心から思っていたらだけど」
 姉の所からの帰り道、潤は健太にどう話せばいいのか、そればかり考えながら歩いていた。姉は魔法使いでどんな願いも叶えてくれる、と言うわけにもいかないし、話し方によっては怪しい新興宗教の教祖と間違えられかねない…… カウンセラーだと言うのが最も無難だろうか?
 
作品名:天国に咲く花 作家名:鏡湖