天国に咲く花
桃と天国の花(一)
桃が高校を卒業し、ひとり山奥の家に暮らし始めて二年がたった。老婆は二年前、桃が卒業するのを待っていたかのように、静かに永遠の眠りについた。
若い娘がこんな山奥でひとり暮らすことを、雄一と冴子は大変心配したが、本人の強い意志は変えられなかった。また雄一にとって、いずれこの日が来ることは老婆との約束でもあった。防犯のためにリフォームをするということを三人で話し合い、頑丈な施錠を付けるだけでなく、桃が住みやすいように室内は改装された。
部屋の中心の囲炉裏は老婆の思い出とともに残すことにして、その周りにキッチン、テーブルと椅子、そして一部を畳敷きにして夜はそこに布団を敷いて休めるようにした。しかし外見は、以前と変わらぬ風情のあるたたずまいの田舎家だった。
桃は、その家をとても気に入って快適に暮らしていたが、それでも心配な冴子は頻繁にこの家を訪れた。この二年の間、天国の花に変わりはなく困り人が訪れることもなかった。老婆から教えてもらった畑仕事に精を出していたが、時には町に出て、学校時代の友だちとのつかの間のおしゃべりを楽しんだりもした。
そんなある日だった。突然ひとりの若い女性が訪ねて来た。
美紗と名乗るその女性は、桃と同じ歳の二十歳だという。初めての訪問者に、桃はぎこちなく椅子に座るよう勧め、紅茶を入れ始めた。
「美紗さん、ここ遠いしわかりにくかったでしょ?」
そんな桃の世間話にも美紗はどこかうわの空で、桃はつかみどころのない感じがした。
「それで今日は何かご相談でも?」
「ええ……」
美紗の話は要領を得なくて、わかりづらかった。
――美紗には恋人がいた。でもいなくなった。
――夢では会える。でも電話をしてもつながらない。
――バスに乗ったら隣にいた。でも降りたらいなかった。
――誕生日にはプレゼントが届いた。でもお礼を言いたくても電話が……
そのような話を繰り返した。桃は、単に若い女性の失恋話に付き合わされている感じがしてきた。
(こんな世の中に五万とあるような話のために天国の花があるのではない。彼女は困り人ではないわ)
そう思い、桃は一通り話を聞くと、紅茶を薦め、通り一遍の慰めを言って玄関まで見送った。
(てっきり初めての困り人かと思ってしまったわ)
肩をすぼめティーカップを片付けていると、冴子が入ってきた。
「今そこで若い娘さんとすれ違ったけど、もしかして初めてのお客さん?」
「ええ、お母さん聞いてよ。私もそう思ってすっかり緊張してしまって。でもね、それがどこにでもあるような失恋話だったのよ。それもなんかしどろもどろで話の内容もよくわからなくて。まあ、失恋は誰にとってもショックだから仕方ないわね」
話を聞いていた冴子はいぶかしげに聞いた。
「娘さんの様子変じゃなかった? すれ違った時、何か普通じゃない感じがして気になったんだけど」
「それは失恋したんだから様子はおかしかったけど……」
冴子は
「私、娘さんを追いかけてみるから桃は天国の花を見に行って!」
そう言うと冴子は玄関を飛び出して行った。
桃も急に心配になり小道を走り、花のところへ向かった。すると驚いたことに天国の花は一輪増えて二輪咲いていた。
(今朝は一輪だけだったのに!)
桃は新しく咲いた花に沢の水をやり、美紗のことを伝えた。すると驚くべき光景が目に飛び込んできた。