天国に咲く花
引き寄せられる人たち(五)
武井桃は十五歳に成長していた。中学校の部活動や友だちとの付き合いもあり、老婆のところへ行くのは月に一度くらいになっていた。桃がいけない週末は、雄一と冴子が山奥の家へ通い、老婆の手伝いを続けていた。
九年前、雄一は冴子と再婚し、冴子の働く薬局の近くに家を借りた。桃との三人の暮らしの始まりだった。
桃は、その家から歩いて三十分程のところにある小学校に入学した。入学式の日、桃は、雄一と冴子に手をつながれて学校の門をくぐり、桜の咲く校庭で記念写真を撮った。
山奥の、友だちもいない父との暮らししか知らない桃にとって、すべてが初めての体験だった。
まず、父と冴子との暮らしに戸惑った。大好きなお姉さんがお母さんになったのだからうれしいはずなのに、複雑な感情が湧き上がった。これまでは自分だけのものだった父親が取られたような淋しさからだろう。
また、学校ではたくさんの同年代の子に囲まれ、不思議な感じがした。しかし、本来こどもの持つ順応性のおかげで、桃はしだいに家庭にも学校にも慣れていった。そしてほどなく、冴子をお母さんと呼ぶようになり、友だちを家へ連れてくるようになった。
冴子が働きに出ている間、幼い桃をひとりにするわけにいかないので、しばらくは雄一が家にいることになった。銀行にまだ蓄えが残っていたし、冴子の給料と老婆のところからもらう食材で充分生活することができた。
夏休みに入ると、桃は老婆のところでひと夏を過ごした。雄一たちも冴子の夏休みを利用して離れで過ごし、それ以降、山奥の家の離れは武井家の別荘になった。もちろん正月もそこで迎えた。
桃が二年生に進級し学校生活に慣れた頃、雄一は役場の職員の欠員による採用募集に応募した。そのことを冴子に報告すると、驚くべき報告が返ってきた。なんと冴子が妊娠していたのだ! それを知った雄一は大喜びで、
「桃、桃はお姉ちゃんになるんだぞ」
と桃を抱き寄せた。
桃はただキョトンとして、
「いつ?」
と聞いた。
雄一が無事職員に採用されたのを機に、冴子は家庭に入った。薬局の主人からは惜しまれたが、おめでたということで快く退職させてもらった。
「子どもさんの手が離れたらまたお願いするよ。待ってるからね」
その年の冬が来る前に桃に弟が生まれた。潤と名付けられた弟を、桃はとてもかわいがった。まるで二人の母親に育てられるようにして潤は成長していった。
別荘である離れは一段とにぎやかになり、老婆も幼い命に力をもらうかのようにつつがなく日々を送った。