天国に咲く花
引き寄せられる人たち(四)
やがて冬が訪れ、あたりは雪景色になった。そのため、桃の水やりの仕事も春が来るまでは休むこととなった。
そんな中でも冴子は週末になると、桃を訪ねてやって来た。正月は老婆の家に泊まってみんなで一緒に新年を迎えた。そして春になると、桃の水やりの仕事が再開した。
こうして二年の月日が流れた。この間、天国の花の数に変化はなく、当然困り人も訪れなかった。
桃は六歳になっていた。来年の春には学校に上がる。雄一は冬支度に入る前に、老婆にそのことを相談しなければならないと思っていた。週末、いつものように冴子がやってきて、桃を連れて村まで買い出しに出かけて行った。それを見送ると、雄一は老婆に話があると言い、改まって囲炉裏端で正座をした。
「こちらにお世話になって三年、おかげさまで桃は元気に育ち六歳になりました。来年から小学生です。でもここから学校に通うことはできないので――」
老婆は雄一の言葉を遮った。
「ほんに桃は大きくなった。そうさな、学校へ行かねばならんな。確かにここにいては無理じゃ。ところで雄一さん、ここへ初めて訪ねて来た時、これからどうすればいいか? と、わしに尋ねたのを覚えているかのう。わしは薪割りと畑仕事をしてくれと答えた。じゃが、お前さんが聞きたかったのはそんなことではなかったはずだ。
実はあの時、わしには見えていたのじゃよ。お前さんたち親子が気立てのよい娘さんと仲良く暮らしている姿が。その時はまだ、冴子さんはわしたちの前に現れていなかった。だもんで、わしはあの時そのことを告げられなかったのじゃ。そして今、あの時の答えを告げる時がようやく来た。桃のためにも冴子さんと幸せになるのじゃ」
呆気にとられ雄一は黙り込んだ。自分たちがここへ来た時、すでに冴子との出会いが老婆にはわかっていた。俄かには信じられない。もっともここで見聞きすることは信じられないことばかりだったが。もちろん、雄一に異論などあろうはずはない。が、はたして冴子は承諾してくれるだろうか? それに、気になることがあった。
「それではあの不思議な花はどうなるのでしょう? 桃がいなくなっては……」
「わしは今年八十二じゃ。あと十年位は何とかがんばれるだろうさ。後を任せられる桃がいると思えば力も湧くでな」
その夜、雄一は桃を寝かしつけた後、いつもの週末のように泊まっている冴子をそっと呼び出した。
外へ出て、しばらく二人は肩を並べて歩いた。世間話や桃のことなど話していたが、ふと話題が途切れ、気まずい雰囲気が漂った。その時突然、雄一は立ち止まると意を決し、桃と三人でずっと一緒に暮らしてほしい、と告げた。冴子はやさしく微笑み、頷いた。空には満天の星が輝いていた。
翌朝、桃が大声をあげながら小道を走ってきた。
「ばあちゃん、大変だ! また花がひとつ落ちていた!」
「桃、前にもあったじゃろう、花が落ちたことが。思い出してごらん」
「え―と、おねえさんが幸せになった!」
「そうじゃ、そしてまた誰かが幸せになって、その花の役目を終えたのじゃ」
「だれだろう?」
「あの三輪の花は、おまえと父さんとわしの花だったろう? でお前とわし以外ということは?」
「あっ、とうさん!」
桃は離れに一目散に走って行き、雄一を探した。しかしどこにも見当たらず、離れを飛び出したところで、山から下りてくる雄一と冴子を見つけ、ふたりに駆け寄った。
「どこに行ってたの?」
「朝の散歩だよ」
「ふーん。とうさん、幸せになったの?」
「…………」
雄一と冴子の顔はみるみる赤くなった。