天国に咲く花
秋も深まった頃、懐かしい人が訪れた。
「こんにちは――」
その聞き覚えのある声に、桃はハッとして玄関へ走った。そこにはやさしい微笑みを浮かべた冴子が立っていた。桃は冴子に抱きつき、しばらく離れようとしなかった。
「あんれまあ、桃は赤子のようじゃなあ」
老婆が顔を出して言った。
囲炉裏端で茶をすすりながら、冴子はあれからの事の顛末を報告した。そして心から礼を述べた。
「おばあさん、お礼に私ができることはありませんか? どんなことでもさせていただきます」
「礼などいらん、冴子さんが幸せになってくれればそれでいい。じゃが、もしできることなら時々桃に会いに来てくれんかのう、今日のように」
冴子は喜んでそうさせてもらうと答え、そのために、近くに住むことを考えた。冴子も桃に会いたかったし、文雄がアメリカへ発ったとはいえ、向こうでうまくいかなかった場合、冴子を探し出してよりを戻そうとしないとも限らない。何の縁もゆかりもないこのあたりで暮らすことは、冴子にとっても好都合だった。
早速、冴子は畑仕事から戻った雄一に住む場所について相談した。もちろん働く場所も必要だった。そして、ちょうどこれから村へ買い物に行くという雄一と一緒に探してみることになった。桃も行きたがったが、遊びに行くのではないと連れて行ってもらえなかった。
すっかり日が暮れた頃にふたりは疲れ切った様子で戻ってきた。そんな都合のいい場所など簡単に見つかるはずもない。冴子はその夜、また以前のように老婆の所へ泊って明日また探してみることにした。
住む場所は何とか見つかったとしても、問題は働き口だった。やはり近隣の村では力仕事以外は見つかりそうもない。しかたなく足を延ばして町まで行ってみることにした。
翌日、また雄一の案内で一番近い町まで来ると、町の目抜き通りにはそれなりに店舗が並んでいた。ここなら仕事も何とか見つけられそうな気がした。しかし、山奥の家からは軽く二時間はかかり、通うのが大変な事が問題だった。
適当な場所で車を止め、見過ごしてしまう程の小さな看板を出している不動産屋へ二人は入った。話を進めていくうちに、不動産屋の主人は二人で住む部屋を探していると勘違いしていることに雄一は気づいた。そして慌てて誤解を解こうとする自分に対し、口をほころばす余裕の冴子を見て、自分が情けない男に映ったのではないかと気にかかった。
手頃な部屋をいくつか紹介できると言われた雄一は、最も気になる仕事について聞いてみた。すると、
「働き口ねえ、何か資格でもあればねえ。そう言えば向かいの薬局で薬剤師が欲しいとか言ってたな。こんな小さな町にそんな人などいるわけなくて困っていた様だけど」
冴子と雄一は思わず顔を見合わせ、互いに安堵の表情を通わせた。
外へ出ると、正面に小さな薬局が店を開いていた。二人はその薬局に入って行った。話はとんとん拍子に決まった。薬剤師の資格を持つ冴子は歓迎され、明日にでも来てほしいと言われた。
そして不動産屋へ戻って小奇麗なアパートを契約し、引き上げる車中で冴子は言った。
「今日はありがとうございました。これで何とかやっていけそうです。ただ、桃ちゃんには週末にしか会いに行けそうもなくて……」
「十分ですよ、それで。遠い所大変でしょうが、会いに来てやってください」
(自分も会いたいですから)
と、雄一は心の中で付け加えた。