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短編集14(過去作品)

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異々次元



               異々次元

「ブィーン」
 今日も始まった。私の仕事が休みの日に限って、私の寝ているそばで掃除機を使うのは妻の良子だった。元々あまり綺麗好きではない私には、綺麗好きの良子が女房になってくれることは有難かった。付き合っている頃などは、私のことを本当に気遣ってくれ、さりげなさの中に優しさがあり、プライドを傷つけないようにしていてくれた。それがとても嬉しく、結婚の最大の理由はそんな優しさを感じたからだ。
 私はそれほどもてない方でもない。それほど面食いでもなかったので、女性と付き合っている時期は述べにすると結構あったのではないだろうか? 別れてもすぐに他の人と付き合う。自分では別れが多く、いつも理由が分からず一方的な相手からの別れが多かったことから、付き合いに対して衝撃的なイメージが多かった。だが、それほどたくさん付き合ったわけではないと思っているのは錯覚だったのだろうか?
 そんな中、良子だけは違っていた。
 知り合った頃は別に好きとか嫌いとかいうよりも、友達感覚だったのかも知れない。いつも一緒にいて違和感のない女性、皆自分のまわりに一人くらいはいるだろう。それに気付くか気付かないかだけの違いで、最初に何とも思わなければ、そのまま気付かずにいくことが多いのかも知れない。
 しかし私は気がついた。ある日突然という表現がピッタリかも知れない。
――綺麗好き――
 というイメージはあった。あまり目立たないが、小綺麗にしているのが分かり、私の目から見ても清潔感が溢れていた。
 私はお世辞にも綺麗好きではない。それはきっと小さい頃からのトラウマのようなものがあるからかも知れない。人から命令されたり詮索されることを極端に嫌う私は、命令されても逆らえない方だった。
 小さい頃によく親から叱られていた。
「整理整頓しなさい」
 やかましく言われていた。理由は自分でも分かっている。物忘れが激しかったからだ。物忘れの激しい原因は自分で頭の中を整理しきれないからだという考え方から来ているのだ。それは私にも理解できる。しかし、物忘れが即整理整頓に結びつくのか、自分で疑問だった。疑問に思ったことは自分の中で理解しないと簡単には従えない性格であった。要するに頑固なのである。
 しかしそれでももう一人の自分は、
――何かを言われるということは、必ず自分に落ち度があるんだ――
 と思っている。頑なだからこそ感じるもう一人の自分、いったいどっちが本当の自分なのかと、悩んだ時期もあった。しかし、
――どっちも私なんだ――
 と思うことで、随分と気が楽になった、そこまで思えるようになるまでかなり時間を要したようで、気がつけば大学生になっていた。
――そういえば、悩んでいたのがついこの間のような気がする――
 と感じる。
 しかしそれは考えていたのが高校の頃ということではなく、小学生として考えていた自分をついこの間のことのように感じるのだ。小学生時代などはるか昔のことなのに、時々昨日のことのように思い出すのは、きっと悩んでいた時期を思い出しているかも知れないと感じた。
 それは頻繁ではない。しかし感じる時のインパクトが強いせいか、感じた時に時間にまるで奥行きのようなものがあるような不思議な気持ちに襲われる。言葉で表現するのは難しいが、自分なりに理解しているつもりだった。
 また私は一人に縛られるのが好きなのか嫌いなのか分からなくなる時がある、独占欲が強く、自分もひとりの女性が決まればその人一筋なのだが、なぜかふっと物足りなさを感じることがあるのだ。
「釣った魚に餌をやらない」
 こんな言葉を時々思い出すことがある。付き合い始めまでは一生懸命になるのだが、付き合い始めると何となく物足りなさを感じる。相手をその気にさせたにもかかわらず、酷い男だというイメージがあり、
――私は絶対にそんなことはない――
 とずっと思っていた。
 しかし本当にそうだったのだろうか?
 今までに付き合ってきた女性が私と別れたくなる理由、それはこんなところにあったのではないだろうか? それを感じると顔が熱くなって、緊張からか、必要以上に掻いている汗と指先の乾きに気づいていた。
 妻の良子はどうなのだろう? 妻と知り合って最初に惹かれたのは、純粋なところだった。私も自分では純粋だと思っている。時々打算的なことも考えているのだが、基本的には純粋な性格だ。
「お前は純粋すぎて、損をするタイプだな」
 友達からも言われていた。
――純粋とは何なのだろう?
 真面目だということだろうか? それであれば当て嵌まらない。それともいつも人と同じことを考えていて、滅多に外れたことをしない人だろうか? それも違うような気がする。
 いつも私は人と違うことをしたいという願望を抱いている、人と同じことをしても何が面白いというのだろう。どうせなら目立ちたいと、そう考えている。それは学生時代からのことで、そういう意味では天邪鬼なのかも知れない。果たしてこんな私が純粋だといえるのだろうか?
 大学を卒業し、社会人になる頃には少し考えも変わり、意味が少しずつ分かるようになってきた。
――果たして純粋という言葉がいい意味だと言えるのだろうか――
 そう感じることができたのは、自分の考えが広くなってきたからだろう。しかしそう考えると、相手にも純粋なところを求めてしまう自分を不思議に思うのだった。
――純粋という言葉が持つ意味――
 それは世間ずれしていない、怖いもの知らずなところがある人だという思いである。パートナーにふさわしいかどうか難しいところだが、結局私は純粋さのある人に惹かれていることを自分で感じたので、選んだ相手が良子だったのだ。
 良子は痒いところに手が届く相手だった。私の考えていることをすぐに察知してくれ、私が何も言わなくても、考えを実行してくれていたのだ。それが彼女の最大の魅力であり、頭のいいところだろうと思う。
 季節も夏から秋に変わり始めている頃のことだった。車でデートをしていて、いつものように、夜は公園の駐車場で星を見ている。シートを倒して抱き合うように見ているのだが、特に一番星空の綺麗な時期、月を中心に綺麗に煌いている。
 付き合い始めてそろそろ四年が過ぎようとしていた。最初の頃と違った感情が生まれてくる頃でもある。飽きが来て、別れに突っ走る感情、惰性になっていると感じた時であろうパターン、また新しいステップに踏み出すことで、結婚という二文字を思い浮かべるパターンである。私たちは後者だった。
「ねえ、あなたは私のことをどう思っているの?」
 この言葉がきっかけだった。お互いに純粋なところに惹き合っていたこともあって、私は結婚に二の足を踏むことはなかった。
――相手を傷つけない優しさ――
 それをお互いに感じていたのだろう。
 そういえば喧嘩などしたこともなかった。一度として腹を立てたこともなかったし、良子が私に逆らうようなこともなかった。もちろん、無言で何かを訴えるような素振りはあったが、それもすぐに気付いたので、何の支障も残らなかった。
作品名:短編集14(過去作品) 作家名:森本晃次