⑨残念王子と闇のマル
相変わらずの扱いで麻流が訊ねると、楓月は背中を丸めてため息を吐いた。
「もう無理じゃ…背負うておくれ…。」
「今すぐ麓に戻れ。」
吐き捨てるように言うと、麻流は楓月の傍を離れ、先導している理巧と肩を並べる。
「なぁ、カレン。」
麻流と理巧の背中を見つめながら、楓月が話し掛けてきた。
「気づいてると思うけど、俺ら、父上が大好きなんだ。」
カレンは横目で楓月を見る。
「父上は、俺らの憧れの存在でさ。身体能力がもっと高けりゃ俺だって忍になってた。」
言いながら、楓月は母譲りの大きな碧眼を半月にした。
「忍の世界は闇が深いと知った後も、忍でいれば父上の傍にいられるから、あいつらが羨ましかった。」
王位継承第一位になって以来、楓月は自由に外へ出ることもままならなくなった。
次期国王として日夜帝王学を叩き込まれ、常に護衛に囲まれ、ひとりになることなどできない。
出会う人全てに『花の都の次期国王』として見られ、常に利害関係の対象とされてきた。
「おまえもそうだと思うけど、俺ら『王位継承者』ってさ、ひとりの人間として見てもらえないじゃん。必ず『○○国の』って付く。忍は能力さえあれば自分を世界中が評価してくれるからいいなー…なぁんて思ってたけど」
楓月は斜めにカレンを見ると、普段の楓月からは想像できない悲しい笑顔を浮かべる。
「忍はさ、『道具』だった。しかも使い捨て。『人間』ですらなかったんだよなー。」
カレンも麻流の過去を知る中で、初めて『忍の真実』を知った。
「父上は、なんで王子なのに忍をやってんのか、不思議だった。まぁ、妾腹で、たまたま母親が忍だったから里で生まれ育ってそのまま忍になったんだけど、もう女王様の夫君になったなら、やめて良くね?」
カレンは小さく頷く。
「実際、やめようとしたんだってさ。でも、できなかった。」
「できなかった?」
首を傾げるカレンに微笑みかけると、楓月は天を仰いだ。
「父上はあの通り『忍史上最も美しく、最も強い忍』だからさ。父上がいなくなってから、星一族はあっという間に衰退したらしい。それで食うに困った忍達が父上を連れ戻そうとして、母上の命が狙われた。…相手は忍だしね。一騎当千の力を持ってるから、花の都の軍事力では、とても防げなかったんだろね。」
カレンは、一昨日の理巧と麻流が敵を蹴散らしていった姿を思い出して、納得する。
「父上は、そんなことをしでかした星一族を粛清して潰そうとしたらしい。…けど、元は自分の母親が頭領だったわけだし。」
カレンは驚いて、楓月を見た。
「麻流に、そっくりだったらしいよ。おばあ様。」
楓月は、優雅に頬笑む。
「そのおばあ様の縁者がたくさんいる一族を…父上は捨てることができなかった。それに、星一族の存在が、国防上必要でもあった。だから、父上は、『忍の頭領』と『女王の夫君』の二足のわらじを履いて、今までこられた。」
カレンと楓月はじっと見つめ合った。
「…ほんとは、麻流を忍にしたくなかったんだってさ。」
楓月は、カレンを見つめたまま衿元を探る。
「女忍がどんな目に遭うか…おばあ様でご存知だったからだろうね。…でも、それは許されなかった。」
言いながら、胸元からペンダントを引っ張り出した。
「麻流の才能は天才的で、カリスマ性もあって…何より、麻流が父上を大好きで自ら望んだから、仕方ねぇよな。」
楓月はペンダントを首から外すと、カレンに差し出す。
「開けてみな。」
ピンクゴールドの鎖の先には、ロケットがついている。
カレンは恐る恐る蓋を開け、中身を確認した。
そこには、カラカラに干からびた奇妙な物が入っている。
「麻流の、臍の緒。」
「え!?」
驚くカレンに楓月は悪戯っぽく笑うと、首からもうひとつペンダントを取り出す。
「こっちは、理巧の。」
「…なぜそれを、カヅキ様が?」
至極当然な質問に、楓月は喉の奥で笑った。
「二人が、忍だからだよ。そして父上も、忍だから。」
首を傾げるカレンの手からペンダントを取ると、楓月はその首に掛けてやる。
「いつ、どこで死ぬかわかんないじゃん?忍って。」
楓月の表情から、笑顔が消えた。
「死んだかどうかもわかんねーし、死んでも遺体なんて帰ってこねーことが多い。」
確かに以前麻流は、忍の痕跡を残さない為に遺体や関係したものなど全て跡形もなく消す、と言っていたことをカレンは思い出す。
「だから、父上は二人を見送った後、帰ってくるまでこれを肌身離さず持たれてた。そして、ご自身も本国を離れないといけない時、俺にこれを預けて行かれてた。」
この言葉で、カレンはようやく合点した。
「…では、今回も?」
震える声で訊ねると、楓月はゆっくりと頷く。
「でもさ…俺たち子どもって、よくよく考えると、父上の物…何も持ってねーんだよ。」
楓月の大きな碧眼が、一気に潤んだ。
「こんなに俺たちを愛してくださってる父上が、どこに行かれたのか…知らないままいられるはずがない。こんな…こんな花も咲かない生き物もいないような場所に、おひとりで残しておけるわけがない。」
楓月は、溢れそうになる涙を、歯を食いしばって堪える。
「不幸な生い立ちをされたけれど、母上と結婚されてからは家族に囲まれて、ようやくお幸せになられたところだったんだ!なのに…なんでこんなところで…。」
楓月は片手で顔を覆うと、吐息をふるわせた。
「それに、あいつらにも教えてやりたい。」
楓月にハンカチを差し出しながら、カレンは麻流と理巧の背中を見る。
「どんなことがあっても、必ず俺が探しだしてやる、って…おまえらを絶対にひとりにしねーって。」
楓月の言葉に、カレンは大きく頷いた。
「はい。」
すると、そんなカレンの肩を楓月は力強く抱き寄せる。
「おまえがさ、母上に『ソラ様を必ずお連れします』って言ってくれた時、ほんとに嬉しかったんだ。」
そして鼻と鼻がつきそうな距離で、カレンを見つめた。
「おまえになら、大事な妹を任せられる。」
カレンは驚いたように目を見開いた後、大輪の花が咲くように華やかに笑う。
「ありがとうございます!」
カレンの笑顔を間近で見た楓月は、妖艶に微笑んだ。
「おまえ…父上並みの色術持ってんだろ?」
「楓月様こそ。」
「まぁ一応、俺も父上の子どもだから、多少は受け継いでんだろなー。」
「マルも、すごい色気ありますもんね♡」
「…それは…きっとおまえしか感じてねぇ…。」
「そこのピーマン王位継承者たち。」
じゃれ合う二人の間に、突然冷ややかな声が割り込む。
ハッとして声の方を見ると、麻流が冷めた目付きでこちらを見ていた。
「目的、忘れてんじゃないでしょうね。」
顔は人形のように可愛いのに、仁王立ちしてこちらを睨む姿は般若のように恐ろしい。
「「まさか!」」
二人の王子たちは、まるで兄弟のように声が揃った。
無邪気な笑顔でごまかそうとするところも、そっくりだ。
理巧は冷ややかな視線でため息を吐くと、ぼそっと呟く。
「王位継承者がこんなんで…両国共に滅亡見えたな…。」
作品名:⑨残念王子と闇のマル 作家名:しずか