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⑨残念王子と闇のマル

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二人の王位継承者


馬車を4人で交代で操り、明け方にようやく千針山の麓へ戻った。

見張りに残した上忍2人は、帰城したばかりの3人に加え、楓月まで加わって現れたことに驚く。

「状況は?」

理巧が訊ねると、上忍たちは跪きながら山を見上げた。

「地震は頻発していますが、噴煙事態はおさまってきているようです。」

「地震も回数は多いですが、小さなものが殆どです。」

理巧は小さく頷くと、麻流を見る。

麻流は腕を組んで山を見上げ少し考えていたけれど、おもむろに馬車へ移動した。

「これを。」

言いながらカレンに差し出したのは、鉄兜。

理巧も馬車から鉄兜を抱えて来ると、楓月に手渡す。

「足手まといにならないでくださいね。」

冷ややかに兄に告げると、理巧は3人の前に立ち、笛を吹いた。

それは、頭領へのつなぎの笛。

麻流も、同じように吹く。

そして耳を澄ますけれど、何も聞こえて来ない。

上空の猛禽たちも、何の反応も見せない。

2人は視線を交わし、気合いを入れるように同時に息を吐く。

旋回している猛禽たちを再度見上げた理巧は、千針山へ一歩踏み出した。



楓月の左右に麻流とカレンがつき、理巧が数歩前を先導する。

長い槍で雪を刺しながら、足元を確認していく。

「大丈夫ですか?」

呼吸が乱れてきた楓月に、カレンが声を掛けた。

「お…おう!まだまだいける!」

汗を拭いながら笑顔で答える楓月に、麻流が冷ややかな視線を向ける。

「まだ登り始めて一時間も経ってませんし。これくらいでいけなくなられても困るんですが。」

手厳しい麻流に、楓月はぐっと言葉を詰まらせた。

「足手まとい。」

理巧の呟きが聞こえ、楓月はがっくりと落ち込む。

「普段、山なんて登りませんから、王子様は。」

カレンが笑顔でフォローしようとすると、麻流が冷たい笑顔を向けた。

「あなたも『王子様』なんですけどね。」

「う…でも、僕はまだ若いし!」

「だから、年寄り扱いすんな!」

「ハタチと25じゃ、親子並み。」

「親子なわけねーだろ!?ってか、おまえだって23じゃねーか!」

「凡人の25と忍の23は孫並み。」

「孫!?」

相変わらずの兄妹のやりとりに、カレンは声を上げて笑った。

楓月のおかげでその場の雰囲気が明るくなり、足取りも知らず知らず軽くなる。

じゃれ合うように言葉の応酬を繰り広げているうちに、澄んだ空気に焦げ臭い匂いを感じるようになった。

足元にはゴロゴロとした噴石が無数に転がり、雪がどす黒く汚れ塊になっている。

それまで賑やかだった楓月も、顔を強ばらせて辺りを見渡した、その時。

猛禽が甲高く、警戒の声を上げる。

「臥せて!」

言いながら、理巧が楓月を抱え込むようにうずくまった。

麻流もカレンを庇おうとすると、逆にカレンから抱きしめられる。

「こ…このピーマン!なにす」

「今度こそ守る!」

暴れる麻流をカレンがきつく抱きしめると、麻流が目を見開いてカレンを見た。

(『今度こそ』?)

目の前にカレンの白い喉仏が見える。

その瞬間、麻流の脳裏に最後の夜の記憶が蘇った。

紗那に与えられた媚薬で、何度もカレンを求めた夜。

離れなければいけないのに、カレンに抱きしめられてその腕から逃れられず、カレンが寝返りをうつまで待ったあのひととき。

もう二度と触れ合うことができないと覚悟し、カレンの全てを五感に焼きつけようとした。

この白い喉仏、逞しいけれど柔らかな肌、首筋の香り…確かに、この人と自分は深く愛し合っていた。

麻流はカレンの首に、思わず抱きつく。

突然の行動に、カレンが驚いて麻流を見下ろしたその瞬間。

恐ろしい轟音と共に、突き上げる縦揺れに襲われる。

カレンは麻流を胸に抱き込んだまま、その場にうずくまった。

すると、今度は激しい横揺れが始まる。

横揺れと共に、その場にある噴石がゴロゴロと転がり落ちてきて、カレンの体に容赦なくぶつかってきた。

「…くっ!」

ゴツッゴツッと鈍い音がする。

カレンの体を通して伝わる鈍い音に、麻流の体から血の気がひいていった。

「カレン!離してください!」

麻流が抵抗すると、カレンが麻流の首筋に口づける。

「今度こそ…ほんとに守らせてよ。」

吐息混じりの囁きに、麻流の体が甘く痺れた。

きっと、横揺れの時間は数十秒だっただろう。

けれどカレンに守られ、カレンの事が心配でたまらなかったこの時間は、数十分にも感じられた。

揺れがおさまると、辺りは舞い上がった粉塵で煙たいものの先程までの地震が嘘のように静寂を取り戻していた。

猛禽達が舞い降りてくる羽音が聞こえるほど、静かだ。

「…はぁ…。マル、無事?」

ため息を吐きながらカレンが腕を解くと、麻流が素早く起き上がり、カレンの体を確認した。

「こんなに打ち身が…!」

悲壮な顔でカレンの全身の怪我を見た麻流は、その体を思いきり抱きしめる。

「…え!?」

驚くカレンの首にぎゅっと抱きついた麻流は、体をふるわせながら掠れた声で囁いた。

「カレン…あなたを失ったら、私は正気を保てない…生きて…生きていけません…。」

涙混じりの言葉に、カレンの心臓はしめつけられる。

「僕だって…同じだよ?マル…。」

カレンは、小柄な体に覆い被さるように深く抱き込んだ。

「…カレン。」

甘く名前を呼ばれ、カレンは麻流と視線を交わす。

そしてどちらからともなく、お互いを引き寄せ唇を重ねた。

「…兄上、怪我は?」

熱い抱擁を完全に無視した理巧が、楓月に感情のない瞳を向ける。

「ねーよ。」

「でしょうね。見たらわかります。」

「…事務的確認かよ。」

楓月は深いため息を吐きながら、鉄兜を外して頭をガシガシ掻いた。

「あいつ、記憶戻ったのかな?」

ポツリと呟くと、理巧が淡々と答える。

「さぁ?旅の間も度々こんなことありましたから。」

「ぷっ。『たび』の間も『たびたび』って…おまえもダジャレ言うんだな。」

どこまでも軽い調子の楓月をつららの視線で射貫くと、理巧は立ち上がった。

「次の地震が起こる前に、行きますよ。」

理巧の声に、麻流とカレンはハッとしてすぐに離れる。

「立てますか?」

忍然とした様子に瞬時に戻った麻流は、冷ややかな目付きでカレンを見た。

「ん。大丈夫♡」

けれど、そんな麻流も愛しく思うカレンは、とろける笑顔で立ち上がる。

「あいつ、なかなかのMだな。」

おかしそうに笑う楓月を冷ややかに一瞥した理巧は、再び3人を先導し始めた。

「おっと!」

「兄上。足腰弱りすぎ。」

足を滑らせた楓月の腕を、麻流が掴む。

「だから年寄りじゃねーって!」

先ほどの地震で更に噴石が増えたのか、登ることが困難なほど大小様々な石が無数に散らばっていた。

理巧はそれを槍で払いのけ、荒れた登山の経験がない楓月が登りやすいように道を整えて行く。

何度も地震が起きているおかげか、雪は塊となりあちこちに散らばっているため、雪崩の心配はなさそうだ。

傾斜がきつい山道を登り続けるので、楓月の息が再びあがり始める。

「おじいちゃん、大丈夫ですか?」
作品名:⑨残念王子と闇のマル 作家名:しずか