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星の流れに(第一部・東京大空襲)

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 勇蔵の第一印象は「なんだかちょっと暗い人」と言うもの、仲間の冗談に笑って見せても心から楽しんでいるようには見えず、自分から軽口を叩くようなこともしない。
 しかし、しづの方から積極的に話しかけてみれば丁寧に受け答えしてくれ、軽口を楽しむ他の男たちとは違って、まるで自分の一語一語に責任を負うかのように言葉を選んで話す。
 しづはそんな勇蔵になんとなく惹かれ、気付いてみれば勇蔵とばかり話していて、商工会の他の連中から『なんだ、しづちゃんは勇蔵にほの字かよ』とからかわれる始末。
 いつもどおり軽く受けて切り返してはいたが、その囃し言葉に頬が少し赤くなるのを感じていた。
 
 勇蔵はそれから時々一人でカフェに通うようになったが、しづのことは高嶺の花のように思っていた。
 自分よりも一回り若く、カフェでも人気者の器量良し、さっぱりした性格も好ましい、そんな娘が『片輪モン』の所へなんか来てくれるはずもないと。
 実はしづも同じように勇蔵を手の届かない存在と思っていた。
 カフェの女給は男の遊興の対象、しづ自身は決して色を売り物にしたりはしていなかったが、はしたない仕事と思われても仕方がない部分はある。
 そんな自分を貰ってくれる男がいるとすれば、それはカフェに慣れ親しんでいるような遊び好きの男であって、勇蔵のように思慮深い真っ当な男、腕一本で稼ぐ優れた職人には一時の慰みの対象としてしか見てもらえないだろうと思っていたのだ。
 それでも勇蔵が足繁く通ってきてくれる内に、しづはその想いを募らせて行き、終には自分から切り出した……。
「もし勇蔵さんにその気があるんだったら、こんな女でも良かったら、貰ってくれると嬉しいな」
 少し冗談めかしてはいたが、本気だった。
 そして、その言葉にきちんと誠を見て取った勇蔵は、しづの目をまっすぐに見つめて言った。
「こんな片輪モンでも良いのかい?……」

 
 腕で人を唸らせて仕事を取る勇蔵のこと、生活は順調だった。
 足が不自由な勇蔵にしづが常に寄り添う姿は、むしろ仲の良さを見せ付けるような景色にすら見えるほどだった。

 子供はなかなかできなかったのだが、五年目には長女の静子、それから十年間が空いたが次女の静枝と二人の娘にも恵まれた。

 長女の静子は母譲りの器量良しで、すらりと伸びた手足、さっぱりとした性格も母譲り。
 そして父母の小さい頃と同じようにお転婆な娘に育った。
 そんな静子が特に夢中になったのは水泳、その頃、既に隅田川の水質は遊泳に適さないほどに悪化していたが、新たに造られた荒川放水路は半人工のプールになっていて、夏ともなれば子供の歓声に溢れていた。
 中でも静子は男の子でも敵わないほどに泳ぎが上達し、もしきちんとした指導を受けられるならば水泳選手になりたいとまで思っていた、その願いが叶うことはなかったが……。
 
 次女の静枝はどちらかと言うと父似、特別に頑固と言うほどではないが、言い出したら聴かない一面もある。
 やや小柄な所は父譲りだが、そう頑強ではなく、大人しく家で遊ぶ方を好んだ。
 時々は姉に引っ張られて荒川放水路に出かけることもあったが、水泳には身は入らない、その代わり、どちらかと言うと勉強嫌いの姉と違って学校の勉強はきちんとし、中でも植物や動物には興味を持って良く勉強した。

 少し歳の離れた仲睦まじい夫婦と、やはり歳が離れた対照的な姉妹。
 四人家族は平穏に暮らしていた。
 あの夜までは……。