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始まりの終わり

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 三十代にのっぺらぼうを見てから、罪の意識を再認識したという思いもなければ、もちろん、誰かに罪を告白したという意識もない。
 洋一は自分に、誰にも言っていない秘密がないとは言い切れないと思っているが、ある意味、たくさんありすぎて、どこまでが罪の意識なのか分からないと思っている。母親のように、明確な罪の意識が洋一にはないのだ。
 それだけに、告白するとすれば、誰にするのかも分からない。そう考えてみると、
――俺の存在価値って、どこにあるんだ?
 とまで考えさせられる。
 急に深いところを掘り下げた考えになってしまったが、母親の告白を数十年経ってから思い出してみると、この数十年、何も意識せずに生きてきたということを、いまさらながらに痛感させられた。
 二十年近くの年が過ぎ、洋一は彩名に出会った。のっぺらぼうが母親を蹂躙していた頃の自分であり、女性の顔を確認できなかったのは、妹を殺した母親の誰にも言えない罪の意識が、洋一にのっぺらぼうを見せたのかも知れない。
 二人はお互いに罪を背負ってきた。母親は死ぬことでその罪を逃れることができたのだろうか? 洋一はそのことが気になっていた。
 自分が彩名と出会ったのは、母親が死んですぐのことだったのだが、彩名は自分の運命に何かを感じているようだった。
 ハッキリとは分からないらしいが、親から迫害されていた時期がしばらくあり、そうかと思えば、急に大切にされ始めたという。今では大切にされながらも、どこかよそよそしさがあるらしく、とても親子とは思えない状態に、自分の存在価値に対して、感覚がマヒしてしまっているという。
 その話を聞いた時、洋一は自分が母親にしてきたことを責められているような気がした。――俺は、このまま母親の魂から離れられないということか?
 とさえ感じられたが、今までの自分が感じてきたこと、常軌を逸していたと思っている。コスプレ好きだったり、アイドルに憧れたり、その時はそれを個性だと思い、悪いなどという意識は皆無だった。実際に今も別に悪いことだとは思っていないが、母親を蹂躙していたという事実を思い起こすと、まったく無関係ではないとどうして言えるだろう。
 彩名とこのまま一緒にいることは母親に対しての懺悔でもあるし、彩名も洋一といることで、自分という存在価値を見出すことができれば、それが最高だと思っている。
 彩名は、洋一に対して時々、異質なものを見るような視線を浴びせる。洋一は、それを甘んじて受け止めるが、決して卑屈になったり、後ろ向きの考えになったりはしなかった。むしろ、彩名のその視線は、洋一の後ろに見える誰かを見つめているように感じられた。それが誰なのか分からない。洋一の中では、死んだ母親なのか、それとも母親が誤って殺してしまった妹なのか分からないが、彩名の視線を感じるたびに、自分の後ろには誰かがいて、自分を見つめていると思っている。
 その人が何をするわけでもなく、ただ洋一を見つめているだけだ。きっと、洋一は自分が死ぬまで、その視線を感じ続けることになるだろう。
 しばらくして、彩名は家を出てきた。一人暮らしの洋一の家に上がり込み、一緒に暮らすようになった。
「以前から、こうなるような気がしていたな」
 と洋一がいうと、
「ええ」
 と彩名は答えた。
 それ以上の会話がわるわけではない。下手に会話があると、どんどんしらけていく気がした。
 将棋などで一番隙のない布陣は最初に並べたあの形だという。隙を見せないようにするには動かない方がいい。二人の生活はまさにそんな感じだった。
 気が付けば一日が終わっている。もったいなかったなどとは思わない。何かをしなければいけない一日であるなら、最初から前兆があるはずだった。二人が一緒に暮らし始めてから、前兆らしきものは何もない。二人はまるで親子のようだった。あまり会話はないが、彩名の洋一を見つめる目、そしてそれに対して洋一が返す目、そこに暗黙の了解があり、会話がなくとも、分かり合えるものがあった。
 それでも彩名は勉強を怠らず、目指していた幼稚園の先生になった。
「よく頑張ったね」
 その言葉に涙を流す彩名だったが、ひたすら頷いていた。そこには、今までの自分が味わった過去がフィードバックされて、いろいろなことが走馬灯のように頭を巡っているからなのだろうか。それとも、洋一の言葉を噛みしめながら、自分の思いだけを思い出しているのだろうか。
 洋一には後者に思えて仕方がない。
 今、彩名は目指していたものを手に入れた。そのことで、過去のトラウマや縛りから解放されたのではないかと洋一は思った。そして、そのことが洋一の中でもトラウマになっていたことや縛りまでも解放してくれるエネルギーを与えてくれたように思えてきた。
 洋一は、部屋の押し入れのさらに奥に、シートをかぶせた油絵を隠していた。
 それを表に出してきて、彩名と一緒にシートをめくる。
 そこには、母親に抱かれた赤ん坊がこちらを見ている絵であった。
 かつて博物館で見た絵とそっくりの絵を、洋一は昔購入していた。それは博物館で絵を見る前のことだった。その絵も最初の頃はちゃんと顔が見えていたのに、博物館でそっくりの絵を見た時、のっぺらぼうを感じた。それから家で同じ絵を見ると、やはりのっぺらぼうになっていた。
 それからというもの、押し入れの奥深くにしまい込み、見ることを厳禁としていたのだ。これが洋一にとってのトラウマが形になったものだった。彩名が自分の目的を達成した時、洋一はこの絵を見ようと思っていたが、引っ張り出してきて正解だった。
 ただ、これが終わりではない。スタートなのだ。彩名もこれから幼稚園の先生として頑張っていくことになる。いわゆる
「始まりの終わり」
 なのだ。
 洋一もこの絵の母親と子供の顔を見ることができて、
「始まりの終わり」
 を感じた。
 そして、彩名と二人、これから迎えるものが、
「終わりの始まり」
 であることを実感している。
 洋一は、心の中で死んだ母親に手を合わせた。そして呟いた。
「今日という日をありがとう」
 目を開ければ、隣で彩名も同じ姿勢を取っていた……。

                (  完  )



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作品名:始まりの終わり 作家名:森本晃次