赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 61~65
「市さんという人は、なんとも気の付くお方だね
わたしたちが語らいの丘で、霧に囲まれることも想定済みということか。
それにしてもお前、昭和の匂いのするずいぶんと古めかしいメロディを、
よく知っているねぇ」
「市さんのメモによれば、登山中、進退きわまることは珍しくないそうです。
身を守るための持久戦も、そのひとつです。
辛抱強く待つことは、登山において大切なことだそうです。
ただしその場合は、おおいに時間を持て余すことになり、
たいへん辛いそうです。
ということで退屈しのぎになるようなアイテムが、ぎっしりと入っています」
「本当だ。布施明の霧の摩周湖なんて楽譜まで入ってる。
でもさ。全部、わたしたちが生まれる前の歌謡曲ばかりじゃないか。
楽譜を見ただけで歌えるなんて、お前、すごい才能をもっているんだねぇ」
「三味線や長唄は、昔から伝わる独特の符牒で書かれています。
でも分かりにくいということで、最近は、西洋風の楽譜に
書き直されています。
音の高低や長さは音符を見れば、だいたいわかります」
「霧の中の少女に、霧の摩周湖。
大川栄策の霧にむせぶ夜、なんていう楽譜まで入っている。
霧に関する楽譜ばかりが入っているということは、市さんは私たちが
この状態になることを、やっぱり、最初から想定していたんだ・・・」
「梅雨入り前の今の時期は、とくに霧が発生しやすいそうです。
ヒメサユリの群生地は、霧が出やすい場所です。
霧の水分が群生地の花を育てていると、市さんが言っていました。
この景色を見ているとまさに市さんの言葉が、そのまま、実感できます」
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 61~65 作家名:落合順平