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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 61~65

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 『たまがまた、顔を洗い始めました。
 こんなに良いお天気だよ。
 雨が降る気配なんて、これっぽっちも感じないし、見えないよ。
 それなのに、何がそんなに心配なのさ、お前は』

 しきりに顔を洗っているたまを、清子が不思議そうに覗き込む。

 「谷底から少しガスが湧いてきたねぇ・・・・」

 恭子が、切り立った谷を指さす。
谷底から湧きだしたガスが、煙突から出る煙のように、ゆるく立ち上ってきた。
山肌に点在する雪渓をゆるゆると漂いながら、覆い隠しはじめる。
時刻は正午すこし前。雨雲が出て来たわけではない。

 語らいの丘周辺の谷は、とりわけ切り立った崖が多い。
切り立った深い谷は、冷たい空気のかたまりを夜間の内にたくわえる。
たっぷり充満した冷たい空気が、夏の太陽に温められて、
谷底で水蒸気にかわる。
そのためここは昔から、ガスが湧き出しやすい場所とされている。

 ただし。午後から稜線などで発生するガスとは異なる。
そのうち晴れてくるだろうと恭子も、悠然と斜面に腰を下ろしたまま、
谷間を漂うガスの流れを見つめている。

 谷底から上昇を続けるガスが、すこしづつ風に乗りはじめた。
2人のいる語らいの丘の高みまで、ガスが登ってきた。
あっというまに2人を取り囲んだガスが、さらに上空へ向かって
立ち上っていく。
時間とともにガスが、濃密な状態へ変わっていく。

 「お姉ちゃん。ミルクを流したような、ガスになってきました。
 油断していたら周りがぜんぶ真っ白で、何も見えなくなってしまいました」

 「動くんじゃないよ、清子。
 斜面の先には、急激に落ち込んでいる断崖があるからね。
 足を滑らせたら、一巻の終わりだ。
 一時的なガスだと思うから、動かず、このままじっと待ってやり過ごそう。
 下手に動くとかえって危険なことになる。
 あたしはここに居るよ。ほら、手を伸ばして、清子」

 恭子の手が、濃密なガスの向こうから清子の手元へ伸びてくる。
清子があわててその手を握りかえす。
その清子の胸元で、たまがしきりに顔を洗っている。
猛烈な勢いを保ったまま、頭や耳の後ろなどを、たまが洗い続けている。


(62)へつづく