短編集13(過去作品)
私がどんな女性とタイプが合うのか、なかなか分からなかった。集団の中でリーダー的な存在の女の子ではないだろうと思っていたが、結構目立ちたがり屋で性格がハッキリした女性でないと難しい気がしていた。それだけにハッキリものを言える女性に憧れていたのかも知れない。
あれは高校に入ってからのことだっただろうか? 好きになりかかった女性がいた。彼女は優等生で、クラスでも成績はトップクラスだった。クラスの男性の憧れの的と言われていたし、私も実際に意識していた。
しかしそれは最初だけだった。
――私の手に負える相手ではない――
と思うようになったのだ。
すぐに身を引いてしまう私の性格は謙虚といえば聞こえがいいが、度胸がないだけなのかも知れない。気になっても声をかけることができない。そんな小心者なので、結局すぐに身を引いてしまう。
潔いのだろうか? こんな自分の性格をどうしようもないと思いながらも、心の底では毛嫌いしていたことだろう。
しかし私の視線は露骨らしい。ある日その女性が私に話しかけてきた。
「ねぇ、今度どこか一緒に遊びにいかない?」
「え? どこにだい?」
「あなたの好きなところでいいわ。おまかせします」
「あまり知らないよ。映画に行くくらいしか」
私は映画を見るのが好きだった。レンタルビデオでもいいのだが、どうしても映画館にいきたくなる衝動に駆られることもある。
何度かデートらしきことをした日があったのだが、一向に関係が深まることはなかった。彼女が私を警戒している気持ちが露骨に見えたし、警戒されているのに、それ以上突き詰める気にもならない。
――警戒されるのは、自分が悪いんだ――
と相手を不安にさせること、これが一番いけない。
そんな状態で私の態度が普通でいられるわけがない。相手にも気持ちが分かるのだろう。お互いにぎこちなくなり、そのまま会話もなくなっていった。いわゆる自然消滅に近い形での別れだった。
しかしそれはそれでよかったのかも知れない。うまい引き際というか、潮時というか、お互いにしこりの残らない、いいタイミングの別れだったような気がする。
彼女の方は、どうやら初恋だったようだ。それだけに最初は憧れが強く、私に積極的に話しかけてきたのだ。しかも私の視線を感じながら積極的にならない私を見ていると、自分から積極的になったようだ。
私の反応を楽しんでいたような感じがあった。あまり積極的ではない私に業を煮やしたようだったが、逆に私がその気になり始めると少し身構えてしまう。
私も女性と付き合うのはもちろん初めてだった。初々しいカップルではあるが、それだけにお互いにぎこちない。ぎくしゃくし、
――初恋は成就しないもの――
ぎこちない態度となって、態度に表れてしまうようだ。
「あなたといると疲れるわ」
明らかに最初に私に話しかけてきた時の彼女ではなくなってしまっている。本来であれば、そんなことを言われればショックだろう。しかし、その時の私は確実にホッとしていた。その後に何度か女性と付き合ったが、別れる時にホッとした気持ちになったのは、それが最初で最後だった。しかし、ホッとしたのは別れを告げられたその時だけで、その後は、さすがに心に大きな溝ができてしまい、突風が吹き込むようで、どうにも自分の存在が分からなくなった時期があった。
――きっとこれが失恋というものなのだろう――
少しおかしな心境だった。他の人にも初恋というものがどんなものだったか聞いてみたくなって聞いたことがあったが、
「初恋? もう忘れちゃったよ」
と、ハッキリ覚えていない人が多かった。
「初恋なんて、どれがそうだったか覚えていない人が多いくらいさ。私もそうだったが、まだ何となく覚えているくらいマシなのかもな」
そんなことを言っていた友達もいた。
「僕のは本当によく分からないからな」
「相手に先に告白されるなんて羨ましいぞ。本当にそんなことはまれだからな。でもそれだけに、自分としては盛り上がりに欠けたのかも知れないな」
その言葉がしばらく私の心の中に引っかかっていた。初恋ではなかった私だったが、付き合ったのは初めて、相手は間違いなく初恋だと言っていた。私が主導権を握らないとうまく行かないものだろう。
大学時代、付き合った女性がいなくもなかった。しかし、それもほとんどが、数回のデートだけで別れることが多い。初恋の時のようにぎこちなくなってからではない。いきなり別れを告げられる。
最初はいつもいいムードである。だが、突然にやってくる別れ、予期せぬ別れにいつも戸惑ってしまう。いつも私の気持ちが盛り上がってくると、途端に相手から告げられるのだ。私のどこが悪いというのだろう?
何度か相手に聞いてみたことがあった。
「あなたといると重荷を感じるの」
言葉に若干の違いこそあれ、大体同じような答えが返ってくる。
「重荷? 別に重荷になるようなことはしていないが? 押し付けているつもりのないんだけどね」
「押し付けられているとは思っていないの。ただ、あなたのその露骨さが少し怖いのよ」
――露骨さ――
この言葉は少し私を驚かせる。最初に付き合った女の子との別れの時には感じなかった露骨というのも、後からいわれて思い出すとピンと来る。最初なかなか気付かないのも私の特徴でもあった。後になって考える機会があって初めて理解する。
――こんなことで成長があるのだろうか?
自分が分からなくなる瞬間でもあった。
大学卒業までは、ずっとそんな感じだった。それだけに失恋してもそれほどショックが大きくなく、却ってショックを大きくしないように深入りもなかったのかも知れない。だが、大学を卒業してまわりの環境が変わることで、私にも本気で好きになれる人ができたのだ。
私が変わったのはいつだったのだろう?
成人式を終え、二十歳という歳を感じて変わったという人の話をよく聞く。しかし私の場合は違ったであろう。大学三年生になってからだと思う。二十歳には二年生の時になった。二十歳という年齢に達するのは皆それぞれ違う日である。同じ誕生日の人もいるであろうが、基本的にはそれぞれの誕生日の時に、二十歳になったんだと感じる。しかし、大学三年生になるのは、皆同じ時に同じ環境で迎えるのだ。それぞれに将来のことについて考え始める時でもある。四年生になれば、いやでもいきなり就職問題が目の前に立ちふさがるのだ。その前に自分の進路を考えたり、勉強しなければならないことも出てきて、学生気分から大人へと考えが変わっていく時期でもあった。
私にとってその時期は、不安と期待の入り混じった時期でもあった。とにかく自分のことが中心で、他のことを考えられない時期、実際彼女がいなくて寂しいと思うこともあったが、今までとは違った。きっと期待と不安というある意味充実した時間を過ごしていたからだろう。
いろいろなことを考えていた三年生という時期は、あっという間だったが、気がつけば長かったような気がする。そして考えるというよりも行動が先に来る四年生という時期は、長かったようで、気がつけばあっという間に終わっていた。いろいろあったが考える余裕などなかったからであろう。
作品名:短編集13(過去作品) 作家名:森本晃次