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フェニックス(掌編集~今月のイラスト~)

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 スピードスケートは同時にスタートして、より早くゴールしたものが勝ち、と言う明確なルールの下で競う。
 アイスホッケーならばより多くのシュートを放ったチームが敗れることもあるが、それは明確なルールの下での逆転現象、勝敗に不明瞭な点はない。
 だが、フィギュアスケートは採点競技、そこに恣意的なものが介在する事はあってはならないが、絶対にないとも言い切れない部分はある、しかも『表現力』と言う、明確な基準を定めにくい要素も存在する。
 おそらくソナはダンスのコーチに付いたり舞台演劇を学んだりしたのだろう、それは勿論、勝つための努力として評価できる、しかし、フィギュアスケートにおける表現力とは、使用する曲をプログラムの中でどう生かし、それを体全体の動きの中でどこまで表現できているか、と言うものだと教えられてきたし、そう信じてきた、そこには当然技術の裏づけがなくてはならないはずだ。
 顔の表情や決めポーズ、手の動きなどは、フィギュアスケートの表現力の一部ではあるが、末端だと考えて来た、甲乙付け難い演技を比較する時、最後に参考になる要素に過ぎないと……演技力と表現力は似て非なるもののはずだ。
 だが、今見せ付けられた採点結果はそれを覆すようなものだったように思える。
 
 珠央はすぐさまサブリナにメールを打ち、しばらくして返信が帰って来た。
 『採点結果は採点結果として受け入れる他はないわ、もし、顔や手の演技に高得点が与えられるのならば、自分もそれを学べば良い事だから』……と。
 しかし、逆転されたと知った時のサブリナの驚愕の表情、表彰台での固い表情は、サブリナも採点に納得していない事を示していた。
 採点が歪められた……。
 珠央はそう感じた。
 どんな力が働いたのかは知らないが、採点が歪められ、スポーツとしてのフィギュアスケートが貶められた、と。
 そう感じた瞬間、珠央の心の奥底から力が湧いてきはじめた。
(もう一度、リンクに戻ろう、あたしが愛したフィギュアスケートが貶められたままでは捨てて置けない、サブリナだってきっとそう思ってる)

「お母さん、あたし、やっぱりリンクに戻る、このままじゃ終われない……まだまだ心配かけたり迷惑かけたりするかもしれないけど……ごめんね」
 珠央は母の目をしっかり見つめながらそう言った。
「今更何よ……」
 母はそう言って笑ったが、内心安堵していた、このまま終わったのでは寂しすぎる、珠央は全てを出し尽くして、晴れ晴れした気持ちで競技を退くべきだ……今はまだその時ではない、と。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

 リハビリは長く辛いものだった。
 長期間ギプスをつけていたせいで筋肉は細くなり、体力も落ちていた。
 歩行練習から初めてウォーキング、ジョギングと、身体を元の状態に戻すことから取り組み、リンクに立てるようになってもしばらくは膝に負担のかかるジャンプは跳ぶ事を医師から禁じられている、ダイナミックなジャンプが持ち味の珠央だ、これで本当に競技に戻れるのか不安になることもある、無駄な努力を払っているのではないかと。
 しかし、そんな珠央を支えたのは、家族、コーチもさることながら、サブリナとのメールのやり取りだった。
 サブリナも不可解な力に屈したままで終わるつもりなどなかった、誰もが文句を付けようのない勝ち方をしなくてはならない、と決意を持って演技を磨いている。
 ソナもまた昨年と同じ場所に留まってはいないだろう、チャンピオンとしてそのタイトルを守ることに難しさは知っている筈だ。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

「無茶よ、女子では今まで誰も成功していないのよ、また膝を痛める可能性だってあるのよ」
 珠央の申し出にコーチは当惑した。
 珠央は新しいプログラムに再び4回転ジャンプを取り入れたいと言い出したのだ。
 スケーティングのスピード、スピンやステップにはもう何の問題もない、しかし、ジャンプは膝への負担が大きい、コーチは今シーズンに限って言えばトリプルアクセルすら封印させるつもりだった、ジャンプ練習が出来ない間、ステップやスピンを重点的に練習したので怪我の前よりレベルが上がっている、トリプルアクセルや4回転なしでも充分表彰台には上がれる、オリンピックシーズンは来年だ、4回転はそれからでも遅くないと。
「でも、今こそ4回転が必要な事はわかってもらえるでしょう?」
 コーチはそれ以上反対できなかった、コーチもまた、フィギュアスケートを愛し、健全な採点が戻ることを望んでいたのだ。
 珠央の思い、それは自分自身のためだけではない、サブリナのためでもあり、ひいてはフィギュアスケートと言う競技そのもののためでもあるのだ。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

 珠央の挑戦が始まった。
 再び痛めることのないようにテーピングでぐるぐる巻きにした膝での4回転への挑戦だ。
 空中で4回転するためにはより高く飛ばなければならない、陸上のハイジャンプもそうだが、スケートで高く跳べる能力は平地でのジャンプ力とは異なる。
 速度エネルギーを跳躍するエネルギーに……すなわち、今まで以上に速く滑って来て、一瞬でブレーキをかけ、水平方向のエネルギーを垂直方向に変換することが必要になる、そのためには脚力を鍛えなければならない。
 珠央はこれまでは取り入れて来なかった筋力トレーニングにも取り組んだ、ただ筋肉を太くすれば良いというものではない、しなやかさ、速さを失わずにより強い筋力を手に入れる必要があるのだ、専門のコーチに作成してもらったメニューを黙々とこなした。
 しかも着氷で無理は出来ない、再び膝を痛めれば選手生命に関わる可能性もある。
 より高く跳び、速く回り、その上出来る限りスムースに着氷しなくてはならないのだ、練習でジャンプする度に転倒する珠央の体からは青痣が絶えない。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

「やったわね!」
 コーチが叫んだ。
 珠央はスピードに乗ったバックスケーティングからまっすぐ上に跳び上がり、4回転してスムースに着氷したのだ。
 大怪我を負った昨年の未完成だった4回転とは違う、完璧な4回転ジャンプの成功だ。
「タイミングとコツを掴んだ気がします」
 珠央も晴れ晴れとした気持ち……観客の歓声に応える気分が少しだが蘇った心持がする。
「さあ、後はこれを百発百中に高めて行かないとね」
「はい」
 練習で一度成功したからと言って、それを試合で使えるものに高めるにはまだまだ練習が必要だ、しかし、大怪我を経験して耐える事を学んだ珠央は以前よりずっと粘り強くなっていた、こうした地道な練習の積み重ねがサブリナの強さを生んでいることも実感するようになった……一皮剥けた珠央がそこにいた。