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フェニックス(掌編集~今月のイラスト~)

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 グランプリ・シリーズは6戦中2戦を選択して出場し、順位点を多く獲得した上位6人がファイナルへの切符を手にすることが出来る。
 それゆえ、強豪選手は重複を避けてエントリーするのが通例、3強と看做されていたソナ、サブリナ、珠央は通常ならグランプリ・ファイナルまで顔を合わさないのが普通だ。
 しかし、その年のシリーズではソナがエントリーした2戦に珠央とサブリナが1戦づつエントリーした。
 結果はソナの2勝、サブリナも珠央も良い演技だったが、得点でソナに及ばなかった。
 特に珠央と当った試合では転倒もあり、良い出来ではなかったのだが、僅差でソナの勝ちとされた。
 スケート連盟は口を閉ざしていたが、韓国を除く各国メディアでは疑問の声が上がった。
 だが、厄介なことにソナの演技は一般受けする。
 演技力と表現力の区別が出来なければ、ソナの演技は魅力的に見えてしまうのだ。
 出来栄えに関しても、一般のファンには並べて見せなければその差は明確にはわからない、珠央との対戦でも、技の珠央と演技力のソナ、と言う比較をされてしまう。
 ただ、サブリナの母国カナダでは疑問の声は大きかった、プロトコル(スコアシート)をつぶさに分析すると、演技終盤までサブリナの得点が上回っていたことがわかる、しかし、ジャッジはサブリナの最後のジャンプを回転不足と判定してサブリナのスコアを抑えたのだ、カナダのテレビではその着氷をスローで何度も放映し、『何故これが回転不足なのか』と断じ、逆に回転不足判定を受けなかったソナの着氷のスローも並べて放映した。
 映像を並べて見れば明らかにソナの着氷の方が怪しい、カナダではスケート連盟会長への批判が高まり、それは次第に世界中へと広がって行った。

 相変わらずだんまりを決め込む連盟の下、3人が顔を合わせたグランプリ・ファイナルもソナが制した。
 そして、そんな不透明な空気の下、シーズンを締めくくる世界選手権で、3人は再び顔を揃えた。

 元々完成度で勝負するサブリナの演技に改善の余地はあまり多くない、しかし、そんな中でもサブリナは指先まで神経を行き渡らせて表現する事を会得していた、その事で腕全体がしなやかに見え、より表現の完成度が高くなっている。
 ……それでも次に滑ったソナの得点が僅かにサブリナのそれを上回った。
 最終滑走は珠央、落胆の色を隠さずにリンクから引き上げて来るサブリナに、珠央はすれ違いざま声をかけた。
「見ててね……」
「ええ、お願い、勝って……」
 サブリナはリンクに降りて行く盟友、珠央を見送った。
 燃えるような赤の衣装は珠央の闘志を現しているかのよう。
 そして、その背中に縫い取られた不死鳥……それは珠央自身の復活を期する刺繍であると同時にフィギュアスケートの未来を照らそうとする火の鳥であるかのように思えた。

「頑張って、珠央……」

 サブリナの思いが後押ししたのだろうか、珠央のスケーティングはいつにも増してスピードに乗って行く。
 そして、それはまだ女子では誰もなしえていない4回転ジャンプへの助走でもある。
 珠央のエッジが氷を深く噛み、体が宙高く舞い上がった。
 不死鳥は今、再び大きく羽ばたいたのだ。



▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽



 その後、スケート連盟への批判が高まる中、会長は勇退を表明した。
 選挙となれば敗北は明らかだった、地にまみえる前に勇退を表明する事で体面を保ったのだ。
 そして、ソナも古傷の悪化を理由に引退した。
 当事者2人が去った事で、疑惑は闇に葬られてしまった形だ。
 しかし、翌年からは疑惑の採点は影を潜めることにはなった。
 珠央もサブリナもその事についてはノーコメントを通している、会長はともかく、ソナはかつての友人でもあったから……フィギュアスケート界が公正を取り戻せばそれで良い。

 2人は共に20歳、フィギュアスケート界では既に中堅からベテランの域に入り、若い選手の追い上げも受けている。
 しかし、まだこの2~3年は2人の一騎打ちの様相に大きな変化は起きないだろう。
 今シーズン、グランプリ・ファイナルのタイトルは僅差でサブリナに攫われた。
 しかし珠央は、世界選手権に向けて練習に励んでいる。
 ディフェンディング・チャンピオンとして、タイトルを譲るわけには行かないから……。


           (終)