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短編集12(過去作品)

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 第一印象というのを私は結構信じる方だ。目が合ってもニコリともしない女性で、別れる少し前の妻を見ているような、最初はあまりいい印象ではなかった。しかし、話しているうちにたまに見せる笑顔、その笑顔が素敵であればあるほど、私の印象は変わっていく。もし彼女を好きだと思った瞬間があったとすれば、最初にその笑顔に触れた時だったであろう。
 そう、彼女が美佐子だったのである。口数は実に少ない女性で、話題も私の方から振らないと相手から出てくることはない。離婚して、まだその痛手も治っていないにもかかわらず、自分から話題を提供しないといけないような女にかかわることになるなど、夢にも思っていなかった。
 最初はスナック「カトレア」でしか会わなかった。私がデートに誘うこともなければ、彼女から他で会いたいなどと言ってくることもない。この店でなら誰に邪魔されることもなく二人きりで話ができたのでそれで十分だった。
 時はちょうど師走に入った頃で、街はクリスマス一色に染まっていた。艶やかなイルミネーション、店先から流れるクリスマスソング、店の人も真っ赤な衣装に身を包み、イルミネーションに映えている。真っ赤といえば、緑色とのコントラストもバッチリなポインセチアが小さいながらも私の目を引いた。どちらかというとハッキリと目に付くものよりも、ソッと目に付くように置いてある方が綺麗である。真っ赤な衣装のそばにあっても、あまり目立って感じないのだ。
 ポインセチアはスナック「カトレア」にもあった。この店で唯一クリスマス気分が味わえるのは、窓際に置いているポインセチアだけだったが、たったそれだけのクリスマスなのに、十分私の目を潤してくれた。美佐子も気持ちは同じだったのかも知れない。私がポインセチアに目を移した時には必ず、彼女もポインセチアを見つめているそんな時、
「あなた、まだ別れた奥さんのことを気にしているの?」
 美佐子には私が離婚したことを話したことがあった。その日は少し自分でもテンションがおかしかったのは分かっていたが、一旦話し始めると気持ちをハッキリ言わないと我慢できない。なぜならヘンな誤解を与えたくないと思うからで、逆に言わないでいいことまで言ってしまったのではないかと少し不安になったりもした。
 だが、話をしたのはその一回だけで、それ以上触れる話題でもないし、美佐子も敢えて聞いてこない。
 美佐子も、他の話題であれば、聞きたいことをどんどん聞いてくるようになっていた。最初こそ人見知りをしていたのか、ほとんど会話にならなかったのが嘘のようだ。それでもあまりニコニコしないのは彼女の性格から来るものか、次第にその表情にも慣れていった。
 他の女性の笑顔がわざとらしく感じられるようになったのは、きっと美佐子を知り合ってからだろう。女性の笑顔に何の不信感も抱かずに見ていると、相手の女性の本当の技量が分からない。笑顔の中には本当に心から笑顔で接してくれている人もいれば、見れば見るほど軽薄を表に出している人もいる。最近それが分かってきたように感じる。
 ポインセチアを見ながら聞いてくるなど、想像もしていなかった。妻のことを忘れてはいないが、美佐子と知り合ったことで、自分の人生が変わるかも知れないと感じていた矢先のことだっただけに、青天の霹靂である。私は背中にじっとりと汗を掻いていた。
「どうして、そう思うんだい?」
「ポインセチアを見ているあなたを見ていると、あなたの目の奥に誰かいるような気がしたのよ」
「そんなことはないさ。気のせいじゃないのかい?」
 実際私はホッとしていた。誰かを見ているなどという自覚がまったくなかったからで、それが美佐子の思い過ごしだと感じたからだ。
「そうかしら? それならいいんだけど」
 私の言葉をどこまで信じたか分からなかったが、私自身意識がないのだから、思い過ごしに違いない。思い過ごしであれば、時間が経てば自然に感じたことを忘れてくれるはずだ。私はそう信じて疑わなかった。
 ただ、少しだけ気になっていたのかも知れない……。

 私が出張で訪れた時の松江も雨だった。
「あいにくの雨だな」
 と思わず呟いたことを思い出した。仕事が一段落すると、松江城を中心に武家屋敷を見学しようと思っていた。松江城や武家屋敷を見る分には雨はそれほど気にならなかったが、宍道湖からの夕日も楽しみにしていたので、残念だったように思う。
 あの日は雨が上がっていたので見えるかも知れないという一縷の望みをかけて寄ってみたのだが、やはりもやっていて見ることができなかった。やはりそれだけ有名なところなのだろうか、観光客も多く訪れていて、皆それぞれに残念がっていたのを思い出した。それが少し滑稽で、残念だと思いながらもそれほどでもなかったのは、その他大勢のように悔しがりたくないと思う私の性格があったからだ。
 あの日はもう一泊松江でしたのだった。翌日昼には松江を出て、出雲空港から飛行機で移動を考えていた。しかし、あいにくその日の夜から発熱してしまった。熱といってもそれほど高いものではないので、仕事は予定通りに済ませることができた。
 その夜、ホテルへ戻って夕食を食べに出たまではよかった。
「なぜだろう? 食欲が湧いてこない」
 いつもであれば出張などのように表で食べる時は、食が進むものだ。だが、その日は胸に何かがつっかえているようで、おかしな気分だったのだが、それが発熱によるものだとは、最初気がつかなかった。
 食べ終わって部屋に戻ると、寒気がする。それとほぼ同じくして感じてきた何とも言えない孤独感、
「出張だからだろうか?」
 寒気よりも孤独感の方が気になってしまい。まだ発熱に気付かなかった。
「風呂はやめておこう」
 といった瞬間に、やっと自分が発熱していることに気がついた。頭に手を当てると本当に熱い、頬も焼けるようだった。
 そういえば、結婚前は一人暮らしだったが、一番辛かったのは発熱の時だった。熱で身体を動かせないことよりも、襲ってくる孤独感に必要以上の寂しさを感じた。誰かにそばにいてもらいたいと強く思ったのは、発熱で寝込んだ時が一番強かったように思う。
「一人って寂しいんだ」
 ボンヤリしている頭で、その時、
――今さらながらに感じるなんて――
 と思っていた。
 松江の夜とは私にとってそんな夜だった。仕事が終わるまでは気が張っているので気付かなかったが、後から考えれば松江でのすべてが何かおかしかったような気がする。夕食後に初めて薬屋に寄って薬を買ったのだが、仕事中も薬の匂いがしていたような錯覚に陥る。それだけ記憶が錯綜しているのだ。
「本当に素晴らしい街なんですけどね」
 風邪できつくて、どこも見て廻ることができなかったと話すと、皆口を揃えてそう言った。
「じゃあ、今度は観光だけで行ってみたいですね」
 と言い返したものだった。
 今回私が美佐子との旅行を計画した時、松江という土地が頭から離れなかったのは言うまでもない。もっとも美佐子は松江という土地を知らないと言っていたので、松江とでは夕日を見るだけで、その後で行く出雲大社の方に興味があるようだ。
「出雲大社ってね、縁結びの神様なんですって」
作品名:短編集12(過去作品) 作家名:森本晃次