決闘! 幡ヶ谷駅!
【はたがや~ はたがや~ この電車は都営新宿線直通の……】
いつもなら新宿でJRに乗り換えるのだが、事ここに至っては退くわけには行かない、勿論退く気もない、俺が幡ヶ谷駅のホームに降り立つと、メドゥーサも続いて降りて来た。
勿論全部ではないが、ギャラリーも大挙して降り、丸く輪を作って決闘の舞台を整えてくれる。
メドゥーサこと赤井桃子の取り巻きは何処に消えたものやら……ある意味桃子よりも性質が良くない、原因はどうあれ、桃子は自分が引鉄になった事態から逃げずに身を賭して戦う決意でいるが、あのクズたちと来たら……せめて桃子に声援を送るべきだと思うのだが。
「参る!」
桃子が必要以上に細く巻いた傘を剣の代わりに右手に持って半身に構える。
「来い!」
俺は上着を脱いでギャラリーに投げ込むと、腕の動きを妨げないよう袖のボタンを外して腕まくりし、左手を軽く前に出して腰を落として構えた。
(相当にできるな……)
相対した瞬間、俺は桃子の実力をそう踏んだ。
空手、キックボクシング、テコンドー等々、打撃系の格闘技の使い手とならば異種戦も数々こなして来た、しかしフェンシングは初めてだ。
(この勝負、間合いが肝になるな……)
なにしろリーチを言えば相手の方が圧倒的に長い、傘を剣に見立てた攻撃をかわすには間合いの外の距離を保つか、相手の懐に飛び込むしかない……しかし逆に言えば懐に飛び込んでしまえば片手のフェンシングに対して両腕両足の全てから技を繰り出せるこちらが圧倒的に有利になるのだ。
じりじりと間合いを詰めようとする桃子に対して、俺はギャラリーが作った円形の壁に沿って後退して行きながら隙を覗う……が、フェンシング部主将の経歴は伊達ではないらしい、懐に飛び込めるような大きな隙は見せてはくれない。
だが、はっきり言ってギャラリーのほとんど全部が俺の味方、桃子は完全アウェイ。
俺が一方的に下がっているこの状況でも俺に対するブーイングはなく、大きく仕掛けようとしない桃子への野次が飛ぶ。
「ハァッ!」
その状況に焦りを感じたのだろうか、桃子は大きく踏み出し、傘を突き出す、その瞬間を待っていた俺はその突きに反応した。
蛇拳……左脇に切っ先を抱え込んで動きを封じ、左手を蛇のように絡ませて傘を奪おうとしたのだ。
桃子の実力は偽りや虚勢ではないのは明らか、無理に飛び込むのは危険と判断して傘を奪おうとする作戦だった、しかもそれならば拳を当てることなく勝利を収めることが出来る、いかにメドゥーサと言えども俺は女性を殴りたくはないのだ。
だが、その判断は甘かった。
最小限の動きで外した筈の切っ先だったが、僅かに軌道を修正して俺の心臓めがけて飛んで来た、一瞬でもその見極めが遅れていたなら俺の負けは確定、悪くすれば病院送りになっていたかもしれない、俺は反射的に身体を開き、身体を反らして切っ先をやり過ごした。
最初からそれを狙っていたならば蟷螂拳で傘を捕らえることも出来たのだろうが、桃子はそれを許さず、突いて来たのと同じ速さで剣を引いて再び隙のない構え……。
どうやらそう簡単に勝たせてはくれそうにない。
肉を切らせて骨を絶つ、そのくらいの心積りでかからねば……。